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ノワイユ伯爵夫人
ノワイユはくしゃくふじん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第五卷」 筑摩書房
1982(昭和57)年9月30日
初出「堀辰雄小品集・薔薇」角川書店、1951(昭和26)年6月15日
入力者tatsuki
校正者染川隆俊
公開 / 更新2010-04-02 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ノワイユ伯爵夫人(Anna-Elisabeth Bassaraba de Brancovan, Comtesse Mathieu de Noailles)は一八七六年十一月十五日巴里に生れた。父は Gr[#挿絵]goire Bibesco 公爵で、その希臘系の母方から Brancovan の名を繼いだ人である。母は Ralo[#挿絵]ka M[#挿絵]s[#挿絵]r[#挿絵]s といひ、駐英土耳古大使をしてゐた M[#挿絵]s[#挿絵]r[#挿絵]s Pashe の娘であつた。青みがかつた黒髮、蒼白い顏、大きな眼をした、小柄なアンナは、非常に東洋風な風采があり、希臘人を組先にしてゐることに少からぬ誇りをもつてゐる。生れたのは巴里であるが、少女時代をおほくレマン湖畔のアンフィオンにあるヴィラ・ブランコバンで過ごし、サヴォアの美しい自然から深い影響を受けた。又、コンスタンチノプルに旅をしたこともあつた。幼少のときから詩作をはじめ、ユウゴオやミストラァルなどにも會つたりした。二十一のとき Mathieu de Noailles 伯爵と結婚した。夫の母 Duchesse de Noailles からはイル・ド・フランスの明るい空を愛する趣味を得た。そのころ巴里のサロンに出入して、アナトオル・フランスやモオリス・バレスなどと知り合つた。二十五のとき處女詩集“Le C[#挿絵]ur Innombrable”(1901)を公にして、世を驚嘆せしめた。ユウゴオの影響のもとに、きはめて浪漫的な熱烈な詩風をもつて人生を歌ひ、その自然に對する愛情によつてフランシス・ジャムと竝び稱せられた。ことに“Offrande[#挿絵]Pan”“Bitt[#挿絵]”などの詩は赫灼たる古代を喚起せしめて見事である。第二詩集“L'Ombre des Jours”は一九〇二年上梓。卷頭の“Jeunesse”において、この若き浪漫主義者は自分から青春の失はれゆく日の胸ゑぐらるるがごとき思ひを歌つてゐる。又「わがもの書くは、われ亡きのち、いかばかり人生と幸福なる自然とをわが愛せしかを人びとに知らしめんがためなり」(J'[#挿絵]cris pour que le jour o[#挿絵]je ne serai plus ……)といふ詩などもある。その後、しばらく詩作から離れて、三つの小説を續けて書いた。“La Nouvelle Esp[#挿絵]rance”(1903)“Le Visage Emerveill[#挿絵]”(1904)及び“La Domination”(1905)の三篇で、いづれも女の狂ほしい熱情を殘忍なまでに手きびしく描いたものである。そのうち、日に赫いた、花のにほひのする修道院のなかで、春の息吹きに苦しめられる一人の處女を描いた“Le Visage Emerveill[#挿絵]”が佳作であ…

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