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父兄の方々に
ふけいのかたがたに
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「竹取物語・今昔物語・謠曲物語」 復刻版日本兒童文庫、名著普及会
1981(昭和56)年8月20日
入力者しだひろし
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-05-08 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

竹取物語に就いて

 竹取物語は我國に小説あつて始めての者である。製作の時代は平安朝の初期といふだけで、その外のことはわからず、作者は全く不明である。其頃の小説らしい者も他にいくらかあつたのであらうが、それらは一つも傳はらず『竹取』たゞ一部が後世に遺つた。其後小説類が追々現れて來て、中にも『字津保』、『落窪』、『源氏』の諸物語などが有名であるが、文章や語法の上から見ると、この『竹取物語』は格別に古體である。この『竹取』のことは『源氏物語』の中に引用されて、巨勢相覽の畫、紀貫之の書の一本のあつた趣が見えてゐる處を見ると(それは假設であること勿論ではあるが)、延喜年代以前に世間に流行してゐたといふ想像はつく。詞つきがいかにも素朴で、構造の單純な處も、何さま早い頃の假作物の特徴と謂はれる。大體についていふと、説話小説の部類に屬し、ちようど後世のお伽話の稍長いようなものであり、頗る滑稽趣味に富んだ無邪氣な一片の談話である。もとより短い者であるけれど、後世の諸物語のようにやゝもすると缺卷や錯簡があるのに反して、全く無瑕に傳はつてゐるのは結構である。我國の小説がかういふもので幕を開けたことは文學史上に注目すべきことであるが、どこの國の假作文學も發端は大抵同樣である。其點で『竹取物語』は相當の價をもつのであらう。
 此物語の大略の筋が『今昔物語』卷第三十一中の一篇として現れてゐるのを見ると、平安朝の後期頃には本元の『竹取物語』は一時影が薄くなつて、單に梗概だけが一箇の傳説のように傳はつてゐたのではあるまいか。これは次ぎの『今昔物語』に關係のあることであるから、ちよつと述べて置く。

今昔物語に就いて

『今昔物語』は宇治大納言と呼ばれた源隆國(承暦四年齡七十四で薨去)の所編といふことになつてゐる。編者の名を取つて『宇治大納言物語』とも呼ばれた。但し隆國薨後の寛治頃の源義家阿部宗任などの記事が交つてゐる處から推して、後人の補筆もあることを拒否し得ない。
 この物語はもと三十卷あつたのであるが、中ごろ缺卷(卷八 十八、廿一)が生じ、また一卷内の缺章も出來て、今では聊か不完全の姿になつてゐる。それでも現存の説話千有餘に上り、我國に於ける説話集の最大最古のものである。一話ごとに『今は昔』と云ふ冒頭を置いてある處から、全集の題名が起つてゐる。
 内容の豐富なのに驚かれるばかりでなく、取材の多方多面なのも他の説話集の比でない。大體を三部に別けて天竺(印度)震旦(支那)本朝(日本)の傳説、逸事、史譚、怪談、巷説の類を根氣よく集め、それを編者一流の氣骨ある文章で記してある。天竺の部は佛教に關したものが多く、震且の部、本朝の部またやゝ同樣であるが後の二部には史傳其他世俗のことに係る逸話も相半してゐる。三部の中、最も話數の多いのは本朝の部で、全編の約三分二を占める。その本朝の部だけで佛法の話…

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