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翻訳製造株式会社
ほんやくせいぞうかぶしきがいしゃ
作品ID48340
著者戸川 秋骨
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻45 翻訳」 作品社
1994(平成6)年11月25日
初出「改造」改造社、1927(昭和2)年7月号
入力者浦山敦子
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-06-28 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 器械を一とまはしガタリと動かすと幾個かの字が出て来る、また一とまはしガタリと動かすと、また幾個かの字が出て来る、幾度かそれを繰りかへして居ると、沢山の字が集つて来るから、それを並べると、立派な学問が出来上る。これが誰れでも知つて居るガリヴア巡島記で、スヰフトが書いて居るラガトオの大学の記事である。が、これにも増して容易にまた簡単に出来るのものは今日の吾が翻訳である。西洋のある名ある書物を始めて翻訳するのは、可なり骨の折れる仕事であるが、ナニそれでも少し根気よく器械でも動かす積りでやれば、ぢきに出来る。その翻訳が一つ出来上がれば、あとはわけなしで、ラガトオ市の大学で器械を動かすよりも手軽に出来る。凡そどんな翻訳にだつて文句をつけて、つけられないのはないのであるからその一つ、出来上つた翻訳に少し間違でも見つけたら、それを大袈裟に吹聴して、それから大体の他の部分にも筆を入れて、前のより少し下手にすれば、それで沢山なのである。下手と云つて悪ければ、前のよりは解らなくするのである。かういふ風にして拵へて行けば、翻訳なんてものはいくらでも出来る。かういふ風にして翻訳を作り出す所を私は有限責任翻訳製造株式会社といふ。さういふ翻訳では原文に忠実でないとか、原文の意に反するなんて云ふものもあるが、それは甚しい愚論で、そんな事は決して顧慮すべき事でない、そんな事を顧慮するのは無益といふよりも却つて有害である。何となればそんな事を云つて居ては、却つて文化の普及を阻害するからである。
 丁度昔紡績女の手仕事であつた紡績が、大工場の一大産業となつて、所謂大量生産なるものとなり、為めに昔の工女の手仕事が奪はれたやうに、従来かういふ翻訳も貧乏文士或は教師の手内職であつたものが、今や大資本に依つて多量に生産されるやうになつた。一方に貧乏文士や教師の手内職は奪つたやうであるが、他方に於てはそれは資本家自身を富ますのみならず、また多大な富を翻訳者自身に与へるやうになつた。蓋し斯様な翻訳の大量生産はさういふ風に資本家と文人とに幸福を与へるのみならず、また世界の大思想大文芸を、極めて低廉な値を以て万象に頒与するのであるから、文化のためにも至大な貢献であるに違ひない。天の恵は二重である、とはシエイクスピアの句にあるが、この事業たるや、かくして三重の恵となつて居るのであるから、豈に大したものではなからうか。果して天下をあげてかくの如き挙に賛意を表してゐる、上は廊堂の大官より下は陋巷の文士に至るまで、みな高見をのべてその徳をたゝへて居る。いやまだその恵に与つて居るものがも一ツある、新聞紙がそれである、売薬品の広告以外、翻訳ものの広告が、どれほど新聞社を益した事であらう。これみな国家の慶事にあらずして何であらう。
 エリザベス朝にイギリスがイタリヤの文芸を取り入れた時も、それが十八世紀の初めにフランス文…

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