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恐怖の季節
きょうふのきせつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「叢書名著の復興1 恐怖の季節」 ぺりかん社
1966(昭和41)年12月1日
入力者伊藤時也
校正者伊藤時也、及川 雅
公開 / 更新2009-01-08 / 2014-09-21
長さの目安約 272 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

大インテリ作家



「演劇に関するエッセイを書いてください」
「おことわりします。演劇について論評したりする興味を失っていますから」
「それなら、文化や文芸などについてのエッセイはどうですか?」
「しかし、つまらんですよ、私の書くものなど。私は、単純な言いかたでしかモノの言えない人間です。今の雑誌などでは、単純なわかりやすいモノの言いかたをすると、人がバカにしたり、ビックリしたりするでしょうから。バカにされるのは私の方ですから、かまいませんが、ビックリするのは、人さまですから、やめにしたほうがよいでしょう」
「それはそうです。実際、今の雑誌の論文類は、書きかたがむずかしすぎます。われわれも、よく執筆者にやさしく書いてくれるように言っているんですが、なおりません。実際われわれ自身が読んでもよくのみこめないような論文などを雑誌にのせる時には、読者への責任という点で考えこまざるを得ない時があります。ですから、いいじゃないですか、その単純なところで書いてください」
「でよければ、書きます。しかし一カ月だけなら、イヤです。悪口も書きますから、一回コッキリで書くと、イタチの最後ッペみたいになって、卑怯でもあるし、言いたりないし、それに私の本意にも添わぬことになりますから、五、六カ月間、私の好き自由なことを書かせてくださるなら書きましょう」
「けっこうです。で、どんな事を書いてくださいます?」
「この十年あまり、ぼくらは、いろんな物を食わされて来ました。あまり食いたくないものも、食わされて来ました。すこしちがった意味で、現在もそうです。胃の腑が妙なふうになっています。なんとかしないと、気分が悪いし、カラダのためにも良くない。それには、吐くのが一番だろうと思います。いきおい、私の書くことは、ヘドないしは、ヘド的になりますよ。どうせキレイなものではない。ただ吐きっぱなしにはしたくありません。吐いた物の中にも、もう一度洗って煮て噛んで、のみこんで消化すれば滋養になるものが、まじっているかも知れない。そんなものが有ったら、ヘドの中をかき捜し拾いあげて、食います。今のぼくらの身分では、きたないなどとは言ってはおれません。つまり、こうなんです。ぼくらは、この十年二十年を虫のせいや、カンのせいで生きて来たのではない。それぞれ、セイいっぱいにやって来たのです。その中に、取りかえしのつかない、否定的な事がらが、どんなに充満していたとしても――事実充満していましたが――それを否定するあまり、また、すべての否定に附きものであるところの感傷的、英雄主義に酔って、この十年二十年の内容の全部――つまり、ぼくらにとって肯定的な事がらをも含んでいる実体――と言うよりも、ぼくらの十年二十年のイノチそのものを、全部的に否定し去るほど、私は淡白ではないのです。すべての人も、それほど淡白でないほうがよいのです…

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