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太陽の子
たいようのこ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日本現代文學全集 54 千家元麿・山村暮鳥・佐藤惣之助・福士幸次郎・堀口大學集」 講談社
1966(昭和41)年8月19日
初出「太陽の子」1914(大正3)年4月
入力者川山隆
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-09-13 / 2014-09-21
長さの目安約 51 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   明治四十二年――大正二年
製作の時期

   兄と母に
     此の作集を獻ずる

  自序

 今この詩集を出版するに就いて自分は何にも言はないで出すに忍びない氣がする。何ぜなら此の詩にある心持の凡ては悉く嘗て自分の全生命を盡くして踏んで來た片身だからだ。一歩進めて言へば自分の詩集に自分の序を附けると言ふことは、その制作品の足りない所を補足するやうなものでをこがましい氣がするが、自分の生活は此等の詩と一々ついて離れず進んで來たものであるから、今として見ればその時々の自分の心理に立入つて考へることが出來、又その心理全體を突き貫く自分の心の祕奧、即ち自分の生れると共に持つて來た生の欲求も明示することが出來る。自分は今此の詩全體を生ませるに至つた自分の此の潜流を此の序文であらはにしようと思ふ。
 一體自分は二十一の年初めて詩を書いた。それが此の詩集の初めにある『白の微動』である。尤もその前に四五回子供の時から書いたことはあるが格別書きたいと思ふやうな事はなく、寧ろ書きたいとすれば自分の頭は小説に傾いてゐた。それが卒然として或る刺※[#「卓+戈」、211-中-4]から詩を書き初めた。或る刺※[#「卓+戈」、211-中-5]とは當時日本の詩壇に起つた自由詩の運動とそれに連れて現はれた多くの諸君の作品である。特にその中でも自由詩社のパンフレツトに出てゐる福田君の『ツワイライト』三富君の詩幾篇かは僕の今迄眠り潜んで居た魂を前者は猛然と喚び醒まし、後者は底の知れない憂鬱へ驅り込んだ。自分は數ヶ月來その讀んだ印象が離れなかつた。寢ても起きても人に逢つても往來端を歩いてもその詩の暗い興奮、冷却した情熱は自分を虜にした。斯くしてその夏三つ詩を書き、それから自分の生涯の最初の破綻の起つたその年の末(明治四十二年)この『錘』に出て居る詩五篇を一度に書いた。自分は今それを自分の處女作とする。自分の一生の動搖と伴つて起つた最初の靈魂の叫び、最初の靈魂の呻きだからである。即ち自分はその年『全世界を失つて自己の靈魂を得た』。けれども自分の靈魂なるものは自分にとつて解くことの出來ない謎であつた。自分はその謎の吾が心を搾木に掛ける苦痛に堪へなかつた。『錘』と言ひ『ポオに獻ず』と言ひ『窓から』と言ひ『白の微動』『落葉』と言ひ、乃至は翌年(明治四十三年)の『冬』と言ひ『安息日の晩れがた』と言ひ『記憶』と言ひ又翌々年(明治四十五年――大正元年)の『心』と一緒に纒められた過半の作『智慧の實を食べてより』『洪水前の夜のレヴエレイ』等の凡てと言ひ悉くその心の謎の解け難い苦痛から出てゐる。
 自分はそれから此の人生を凝視した。あらゆる此の人生の中に生きてゐる人間の奧底のみじめさに涙流した。そして鳴けない日陰の鳥となつて樹の中に羽打いた。斯くして『記憶と沈默』の年は過ぎた。それから何にものも書かないそ…

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