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紅玉
こうぎょく
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本幻想文学集成1 泉鏡花」 国書刊行会
1991(平成3)年3月25日
初出「新小説」1913(大正2)年7月
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2009-05-27 / 2014-09-21
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

時―――現代、初冬。
場所――府下郊外の原野。
人物――画工。侍女(烏の仮装したる)。貴夫人。老紳士。少紳士。小児五人。――別に、三羽の烏(侍女と同じ扮装)。

小児一 やあ、停車場の方の、遠くの方から、あんなものが遣つて来たぜ。
小児二 何だい/\。
小児三 あゝ、大なものを背負つて、蹌踉々々来るねえ。
小児四 影法師まで、ぶら/\して居るよ。
小児五 重いんだらうか。
小児一 何だ、引越かなあ。
小児二 構ふもんか、何だつて。
小児三 御覧よ、脊よりか高い、障子見たやうなものを背負つてるから、凧が歩行いて来るやうだ。
小児四 糸をつけて揚げる真似エして遣らう。
小児五 遣れ/\、おもしろい。
凧を持つたのは凧を上げ、独楽を持ちたるは独楽を廻す。手にものなき一人、一方に向ひ、凧の糸を手繰る真似して笑ふ。
画工 (枠張のまゝ、絹地の画を、やけに紐からげにして、薄汚れたる背広の背に負ひ、初冬、枯野の夕日影にて、あか/\と且つ寂しき顔。酔へる足どりにて登場)……落第々々、大落第。(ぶらつく体を杖に突掛くる状、疲切つたる樵夫の如し。しばらくして、叫ぶ)畜生、状を見やがれ。
声に驚き、且つ活ける玩具の、手許に近づきたるを見て、糸を手繰りたる小児、衝と開いて素知らぬ顔す。
画工、其の事には心付かず、立停まりて嬉戯する小児等を[#挿絵]す。
よく遊んでるな、あゝ、羨しい。何うだ。皆、面白いか。
小児等、彼の様子を見て忍笑す。中に、糸を手繰りたる一人。
小児三 あゝ、面白かつたの。
画工 (管をまく口吻)何、面白かつた。面白かつたは不可んな。今の若さに。……小児をつかまへて、今の若さも変だ。(笑ふ)はゝゝは、面白かつたは心細い。過去つた事のやうで情ない。面白いと云へ。面白がれ、面白がれ。尚ほ其の上に面白く成れ。むゝ、何うだ。
小児三 だつて、兄さん怒るだらう。
画工 (解し得ず)俺が怒る、何を……何を俺が怒るんだ。生命がけで、描いて文部省の展覧会で、平つくばつて、可いか、洋服の膝を膨らまして膝行つてな、いゝ図ぢやないぜ、審査所のお玄関で頓首再拝と仕つた奴を、紙鉄砲で、ポンと撥ねられて、ぎやふんとまゐつた。それでさへ怒り得ないで、悄々と杖に縋つて背負つて帰る男ぢやないか。景気よく馬肉で呷つた酒なら、跳ねも、いきりもしようけれど、胃のわるい処へ、げつそりと空腹と来て、蕎麦ともいかない。停車場前で饂飩で飲んだ、臓腑が宛然蚯蚓のやうな、しツこしのない江戸児擬が、何うして腹なんぞ立て得るものかい。ふん、だらしやない。
他の小児はきよろ/\見て居る。
小児三 何だか知らないけれどね、今、向うから来る兄さんに、糸目をつけて手繰つて居たんだぜ。
画工 何だ、糸を着けて……手繰つたか。いや、怒りやしない。何の真似だい。
小児一 兄さんがね、然うやつてね、ぶら/\来た処がね。
小児二 遠くか…

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