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光籃
こうらん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本幻想文学集成1 泉鏡花」 国書刊行会
1991(平成3)年3月25日
初出「苦楽」1924(大正13)年5月
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2009-05-27 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 田舎の娘であらう。縞柄も分らない筒袖の古浴衣に、煮染めたやうな手拭を頬被りして、水の中に立つたのは。……それを其のまゝに見えるけれど、如何に奇を好めばと云つても、女の形に案山子を拵へるものはない。
 盂蘭盆すぎの良い月であつた。風はないが、白露の蘆に満ちたのが、穂に似て、細流に揺れて、雫が、青い葉、青い茎を伝つて、点滴ばかりである。
 町を流るゝ大川の、下の小橋を、もつと此処は下流に成る。やがて潟へ落ちる川口で、此の田つゞきの小流との間には、一寸高く築いた塘堤があるが、初夜過ぎて町は遠し、村も静つた。場末の湿地で、藁屋の侘しい処だから、塘堤一杯の月影も、破窓をさす貧い台所の棚の明るい趣がある。
 遠近の森に棲む、狐か狸か、と見るのが相応しいまで、ものさびて、のそ/\と歩行く犬さへ、梁を走る古鼠かと疑はるゝのに――
ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――
ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――
 小豆あらひと云ふ変化を想はせる。……夜中に洗濯の音を立てるのは、小流に浸つた、案山子同様の其の娘だ。……
 霧の這ふ田川の水を、ほの白い、笊で掻き/\、泡沫を薄青く掬ひ取つては、細帯につけた畚の中へ、ト腰を捻り状に、ざあと、光に照らして移し込む。
ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――
 おなじ事を繰返す。腰の影は蘆の葉に浮いて、さながら黒く踊るかと見えた。
 町の方から、がや/\と、婦まじりの四五人の声が、浮いた跫音とともに塘堤をつたつて、風の留つた影燈籠のやうに近づいて、
「何だ、何だ。」
「あゝ、行つてるなあ。」
 と、なぞへに蘆の上から、下のその小流を見て、一同に立留つた。
「うまく行るぜ。」
「真似をする処は、狐か、狸だらうぜ。それ、お前によく似て居らあ。」
「可厭。」
 と甘たれた声を揚げて、男に摺寄つたのは少い女で。
「獺だんべい、水の中ぢや。」
 と、いまの若いのの声に浮かれた調子で、面を渋黒くニヤ/\と笑つて、あとに立つたのが、のそ/\と出たのは、一挺の艪と、かんてらをぶら下げた年倍な船頭である。
 此の唯一つの灯が、四五人の真中へ入つたら、影燈籠は、再び月下に、其のまゝくる/\と廻るであらう。
ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――
 髪を当世にした、濃い白粉の大柄の年増が、
「おい、姉さん。」
 と、肩幅広く、塘堤ぶちへ顕はれた。立女形が出たから、心得たのであらう、船頭め、かんてらの灯を、其の胸のあたりへ突出した。首抜の浴衣に、浅葱と紺の石松の伊達巻ばかり、寝衣のなりで来たらしい。恁う照されると、眉毛は濃く、顔は大い。此処から余り遠くない、場末の某座に五日間の興行に大当りを取つた、安来節座中の女太夫である。
 あとも一座で。……今夜、五日目の大入を刎ねたあとを、涼みながら船を八葉潟へ浮べよ…

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