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式部小路
しきぶこうじ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成9」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年6月24日
初出「大阪毎日新聞」1906(明治39)年1月1日~1月27日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-06-22 / 2014-09-16
長さの目安約 154 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



日本橋のそれにや習える、
源氏の著者にや擬えたる、
近き頃音羽青柳の横町を、
式部小路となむいえりける。
名をなつかしみ、尋ねし人、
妾宅と覚しきに、世にも
婀娜なる娘の、糸竹の
浮きたるふしなく、情も恋も
江戸紫や、色香いろはの
手習して、小机に打凭れ、
紅筆を含める状を、垣間
見てこそ頷きけれ。
 明治三十九年丙午十二月
鏡花小史
[#改ページ]




 鳥差が通る。馬士が通る。ちとばかり前に、近頃は余り江戸向では見掛けない、よかよか飴屋が、衝と足早に行き過ぎた。そのあとへ、学校がえりの女学生が一人、これは雑司ヶ谷の方から来て、巣鴨。
 こう、途絶え途絶え、ちらほらこの処を往来う姿は、あたかも様々の形した、切れ切れの雲が、動いて、その面を渡るに斉しい。秋も半ば過ぎの、日もやつ下りの俤橋は、小石川の落葉の中に、月が懸かった風情である。
 空の蒼々したのが、四辺の樹立のまばらなのに透いて、瑠璃色の朝顔の、梢に搦らんで朝から咲き残った趣に見ゆるさえ、どうやら澄み切った夜のよう。
 しかし、恰好をいったら、烏が宿ったのと、鵲の渡したのと、まるで似ていないのはいうまでもない。また真の月と、年紀のころを較べたら、そう、千年も二千年も三千年も少かろう。
 ただ我々に取っては、これを渡初めした最年長者より、もっと老朽ちた橋であるから、ついこの居まわりの、砂利場の砂利を積んで、荷車など重いのが通る時は、埃やら、砂やら、溌と立って、がたがたと揺れて曇る。が、それは大空を視むる目に、雲はじっとしていて、月が動くように見えると一般、橋の俤はうつろわず、あとはすぐに拭ったような空気の中に、洗った姿となるのである。
 ちょうど今人の形のいろいろの雲が、はらはらとこの月の前を通り去った折からである。
 橋の中央に、漆の色の新しい、黒塗の艶やかな、吾妻下駄を軽く留めて、今は散った、青柳の糸をそのまま、すらりと撫肩に、葉に綿入れた一枚小袖、帯に背負揚の紅は繻珍を彩る花ならん、しゃんと心なしのお太鼓結び。雪の襟脚、黒髪と水際立って、銀の平打の簪に透彫の紋所、撫子の露も垂れそう。後毛もない結立ての島田髷、背高く見ゆる衣紋つき、備わった品の可さ。留南奇の薫馥郁として、振を溢るる縮緬も、緋桃の燃ゆる春ならず、夕焼ながら芙蓉の花片、水に冷く映るかと、寂しらしく、独り悄れて彳んだ、一人の麗人あり。わざとか、櫛の飾もなく、白き元結一結。
 かくても頭重そうに、頸を前へ差伸ばすと、駒下駄がそと浮いて、肩を落して片手をのせた、左の袖がなよやかに、はらりと欄干の外へかかった。
 ここにその清きこと、水底の石一ツ一ツ、影をかさねて、両方の岸の枝ながら、蒼空に透くばかり、薄く流るる小川が一条。
 流が響いて、風が触って、幽に戦いだその袂、流は琴の糸が走るよう、風は落葉を誘うよう。
 雲が、雲が、また一…

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