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処方秘箋
しょほうひせん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本幻想文学集成1 泉鏡花」 国書刊行会
1991(平成3)年3月25日
初出「天地人」1901(明治34)年1月
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2009-05-27 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

        一

 此の不思議なことのあつたのは五月中旬、私が八歳の時、紙谷町に住んだ向うの平家の、お辻といふ、十八の娘、やもめの母親と二人ぐらし。少しある公債を便りに、人仕事などをしたのであるが、つゞまやかにして、物綺麗に住んで、お辻も身だしなみ好く、髪形を崩さず、容色は町々の評判、以前五百石取の武家、然るべき品もあつた、其家へ泊りに行つた晩の出来事で。家も向ひ合せのことなり、鬼ごツこにも、[#挿絵]はじきにも、其家の門口、出窓の前は、何時でも小児の寄合ふ処。次郎だの、源だの、六だの、腕白どもの多い中に、坊ちやん/\と別ものにして可愛がるから、姉はなし、此方からも懐いて、ちよこ/\と入つては、縫物を交返す、物差で刀の真似、馴ツこになつて親んで居たけれども、泊るのは其夜が最初。
 西の方に山の見ゆる町の、上の方へ遊びに行つて居たが、約束を忘れなかつたから晩方に引返した。之から夕餉を済してといふつもり。
 小走りに駆けて来ると、道のほど一町足らず、屋ならび三十ばかり、其の山手の方に一軒の古家がある、丁ど其処で、兎のやうに刎ねたはずみに、礫に躓いて礑と倒れたのである。
 俗にいふ越後は八百八後家、お辻が許も女ぐらし、又海手の二階屋も男気なし、棗の樹のある内も、男が出入をするばかりで、年増は蚊帳が好だといふ、紙谷町一町の間に、四軒、いづれも夫なしで、就中今転んだのは、勝手の知れない怪しげな婦人の薬屋であつた。
 何処も同一、雪国の薄暗い屋造であるのに、廂を長く出した奥深く、煤けた柱に一枚懸けたのが、薬の看板で、雨にも風にも曝された上、古び切つて、虫ばんで、何といふ銘だか誰も知つたものはない。藍を入れた字のあとは、断々になつて、恰も青い蛇が、渦き立つ雲がくれに、昇天をする如く也。
 別に、風邪薬を一貼、凍傷の膏薬一貝買ひに行つた話は聞かぬが、春の曙、秋の暮、夕顔の咲けるほど、炉の榾の消ゆる時、夜中にフト目の覚むる折など、町中を籠めて芬々と香ふ、湿ぽい風は薬屋の気勢なので。恐らく我国の薬種で無からう、天竺伝来か、蘭方か、近くは朝鮮、琉球あたりの妙薬に相違ない。然う謂へば彼の房々とある髪は、なんと、物語にこそ謂へ目前、解いたら裾に靡くであらう。常に其を、束ね髪にしてカツシと銀の簪一本、濃く且つ艶かに堆い鬢の中から、差覗く鼻の高さ、頬の肉しまつて色は雪のやうなのが、眉を払つて、年紀の頃も定かならず、十年も昔から今にかはらぬといふのである。
 内の様子も分らないから、何となく薄気味が悪いので、小児の気にも、暮方には前を通るさへ駆け出すばかりにする。真昼間、向う側から密と透して見ると、窓も襖も閉切つて、空屋に等しい暗い中に、破風の隙から、板目の節から、差入る日の光一筋二筋、裾広がりにぱつと明く、得も知れぬ塵埃のむら/\と立つ間を、兎もすればひら/\と姿の見える、婦人の影。…

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