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親子遠足の感
おやこえんそくのかん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-09-02 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

『獅子、子を生めば、必ず之を深谷に墜す。能く出づる者は之を育て、能はざる者は棄てて顧みず。これ誠に獸のみ。人は則ち是に異なり。其の能不能を問はず、必ず之を愛養す。然れども、遠途を渉り、難阻を歴、風土、謠俗、山水の變態を知らしむ。諺に可愛き子には旅させよとは、亦獅子が谷に墜すの意也。予、三子あり。長を九文といふ。生れて四歳、疥を患ふ。百方之を療すれども已まず。年已に十三、瘡珠攅簇、肌膚鮫魚の皮の如く、痛痒忍ぶべからず。予、大いに戚ふ。且つ大都に生れ、見る所は唯[#挿絵]紛華の地、共に嬉ぶ所は、唯[#挿絵]裙屐の子弟、未だ曾て一歩も都門を出でざる也。是を以て、肉緩み、皮慢に、筋骸相束ねず、ほゞ慷慨激昂の氣なし。予又甚だ之を憂ふ。因りて謂もへらく、上毛の草津温泉は、疥を治すに效あり、兒をして澡浴して疾を療し、兼ねて[#挿絵]旅の艱を知らしむれば、これ兩得なり。』
 これ安積艮齋の紀行の一節也。げに、親の心は、さもあるべし。予にも三子あれども、幸に艮齋の子の如き病氣なし。たゞ余は旅行を好むこと甚しく、旅行の益を熟知す。その益を兒等にも得させむとて、折々旅行に伴ふ。さは云へ、親につれられての旅行は、所謂可愛き子は旅させよの眞意を得たるものに非ず。單身獨歩にして、よく艱苦缺乏と鬪ひて、はじめて可愛き子の旅といふべきもの也。然し、それは、十七八歳以上の事也。十歳内外より十五六歳までは、をり/\つれてゆきて、旅行の趣味を知らしめ、脚力を養はしめ、十七八歳に至りて、始めて獨りにて突き放さむとす。余のをり/\子供をつれゆくは、其意實に茲に存す。結果を數年の後に期する也。
 今年の夏は、われ鹽原の勝を探りたり。又那須の勝を探りたり。更に又遠く陸奧の十和田湖の勝を探りたり。長子、同遊を乞ふ。許さず。一人にて行けるやうにならば、いつでも旅行せよと云ひきかし、その代りに水泳を學ばしめたり。水泳の出來ることは、旅行家の一資格也。秋に入りて、近郊の遠足を思ひたち、長男と次男とをつれてゆく。
 新宿驛より汽車に乘り。國分寺驛にて乘りかへて、東村山驛に下る。徳藏寺に、元弘戰死碑を見る。これ新田義貞に從つて戰死せしこの地の豪族の石碑にして、五百年前のものなりと言ひきかす。狹山に上り、荒幡の新富士の上にいたる。これ富士信仰の村民が、七年の久しきにかけて、氣長く築きあげたるもの也。關八州は寸眸の中に收まる。秩父の群峯や、大山の連山や、富士山や、みな見えたり。東京は、遙に煙突の煙にあらはる。筑波はあのあたり、日光はあのあたりと説明す。この壯觀を肴に、親子三人、絲楯の上に團欒して、握飯を食ふ。酒なく、茶なく、湯も水もなし。一袋の白砂糖を相分つ。白砂糖にて握飯を食へば、湯水なくとも、喉かわくことなしといふことを、書物の上にて知り、實驗しても知り、それを今兒等にも實地に知らさんとする也。
 山口村さして下る…

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