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絵にそへて
えにそえて
作品ID48445
著者原 民喜
文字遣い新字旧仮名
底本 「普及版 原民喜全集第一巻」 芳賀書店
1966(昭和41)年2月15日
入力者蒋龍
校正者小林繁雄
公開 / 更新2009-07-16 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 この絵は何処だとはっきり云はないがいいかも知れません。題は子供心のあこがれとでも云ふのでせうか。そこの島の八月、今から凡そ二十年も前のことですが、公園に始めてホテルが出来たのです。杉に囲まれた瀟洒な石の建築の脇には山から湧いて流れる溪流があって家鴨が白い影を浮かべてゐました。芝生の綺麗な傾斜に添って、白い砂利道を行くと、噴水のある滝の前に赤いポストがあり、鞦韆に外国の子供が乗かってゐました。ある夕方、幼い私は姉と連れだって、その辺を逍遙ってゐると、突然ピンクのドレスを着た外国の娘が、[#ここから横組み]“Can you speak English ?”[#ここで横組み終わり]と姉に話しかけたのです。姉は黙ってつつましやかに笑ひ、その女は快活に笑ひ、そして私は彼女等がそれだけで何か私にはわからない一つの気持をやりとりしたかのやうに思へました。そこのホテルが出来た時、夜の公園にはアーク燈が真昼のやうに輝き、杉と杉の枝に万国旗が掲げられ、そして沢山の人々が眼に怡びを湛へ、ざわめき合ってゐると、突然中央の四阿からオルケストラが湧き起りました。ふと私が眼を上にやると樹の間にある夜の空は明るい燈のために一層美しく思へ、大きな蛾がバタバタと燈のほとりを廻ってゐたものです。――そして翌日、八月の嵐は海の波を怒らし、雨まじりに、あのホテルの前の岸の大きな岩に、まつ白なしぶきを吹きかけ、吹きかけしたものです。その怒濤を見に、私を連れて行った姉は、彼女も十五年前に死にました。



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