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温度
おんど
作品ID48449
著者原 民喜
文字遣い新字旧仮名
底本 「普及版 原民喜全集第一巻」 芳賀書店
1966(昭和41)年2月15日
入力者蒋龍
校正者伊藤時也
公開 / 更新2013-04-14 / 2014-09-16
長さの目安約 1 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 音楽室の壁に額があった。中年の猫背の紳士が時雨に濡れて枯芝のなかを散歩してゐる――冷え冷えする絵だ。濡れ雑巾を持った儘、どうした訳か、彼女はたった一人で掃除当番をしてゐたのだが、ガラス窓の外にはやはり絵に似た時雨雲があった。
 すると突然、先生がやって来た。はずみと云ふものは恐しく、彼女は何でもないのに真赤になってしまった。恐らくその音楽室が冷え冷えしてゐたためでもあらうか。

 彼女は身体が熱ったり、冷えたりした。街で青年達を拾ったり、捨てたりした。
 一人の青年が彼女を抱いて自棄にキリキリ踊った。彼女は平気で従いて廻った。すると間もなくその男から彼女は結婚を申込まれた。

 もしも子が生れるとすれば、(ふと、彼女は女学校時代の気分に戻りつつあった。)do, si, la, sol, fa, mi, re, do ……この子の父は誰に似てゐるのだらう。
 すると突然、良人がやって来た。彼女は単純に顔を赧めた。



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