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童話
どうわ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「普及版 原民喜全集第一巻」 芳賀書店
1966(昭和41)年2月15日
入力者蒋龍
校正者伊藤時也
公開 / 更新2013-04-23 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 人ががやがや家のうちに居た。そこの様子がよくは解らなかった。誰か死んだのではないかしらと始め思へた。生れたのだと皆が云った。誰が生れたのか私には解らない。結局生れたのは私らしかっった。
 生れてみると、私はものを忘れてしまった。魚や鳥やけだものの形で闇のなかを跳ね廻ったり、幾世紀も波や風に曝されてゐたのは私ではなかったのか。
 私は温かい布に包まれて、蒲団の上に置かれた。それが私には珍しかったが、同時頼にりなかった[#「同時頼にりなかった」はママ]。気持のいい時は何時までもさうして居たかったが、時々耐らなく厭なことがあった。家の天井とか、電燈とか、人間の声が私を脅した。眼が覚めて暗闇だと、また私は死んだのかなと思った。しかし、朝が来ると、私の周囲はもの音をたてて動くのであった。
 私が母を覚えたのは大分後のことだった。母を知った瞬間は一寸不可解な気持だった。その顔は他人でもないし、私でもなかった、つまり突然出現した一つの顔であった。それから大分して後、父とか兄姉を識った。或る朧気な意識が段々私を安心せした[#「私を安心せした」はママ]。私一つがぽつんと存在するのではなく、私に似たやうなものが私の周囲にあって動く。しかし不思議なことに彼等はそれがあたりまへのやうな顔つきである。私は時々彼等の顔が奇異に見えた。
 私の眼の前にある空間はもう不可避だった。空間にはさまざまの苦痛と快楽が混ってゐるやうに思へた。あまり長い間視凝めてゐると、眼が自然に瞬する。すると忽ち空間が新しくなった。が、次の瞬間にはやはりもとの空間だった。私はもう大分長い間生きて、生活にも慣れて来たやうだった。乳が足りて睡りが足りたので、恍惚と眼を空間に遊ばせてゐた。すると何処からか微風が走って来て、私の頬ぺたを一寸撫でた。私は微笑した。
 母が私を抱いて家の外に出た。すると遽かに眼の前が明るくなった。そこは私にとって見馴れないものばかりだ。菜の花の上を蝶々が飛んでゐた。私の掌の指はそいつを見ながら動いた。すると蝶々は高く高く舞上った。くらくらする眩しい梢の方で葉が揺れた。私は蝶々が木の葉になってしまったのかと思って、掌を上に挙げた。が、掴めなかった。

 私は池の鯉を見た。鯉は水のなかに気持よささうに泳いでゐた。
 朝、夕、雀が訳のわからぬことを云って啼く。私以外のものは大概ものを云ふのに、私はものが云へないからもどかしい。ものが云へないのは壁や柱だが、時計は絶えず喋ってゐる。夜なんか特にガンと大きな響がしてびっくりさす。しかしそれが鳴り止むと、今度はチッキンチッキンと忙しい音が続く。逃げろ、逃げろ、とその音は急かしてゐるやうだ。どうして逃げなきゃならぬのか、何処へ逃げたらいいのかは解らないのだが、私は妙に絶望的な気持にされる。私の気持は熱に浮かされたやうになる。

 大人が私に馬の絵を見せて…

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