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梅の吉野村
うめのよしのむら
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-12-17 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

冬は萬物みな蟄す。溌剌たる鯉の如きも、冬、爼の上に載するに、ぢつとして動かずと聞く。人間もこの例に洩れざるが、萬事例外あり。活氣ある人間は、冬とても動く。梅花咲く頃は、春とは云へ、風なほ寒し。梅見には餘程の勇氣を要す。珍らしや、裸男が末斑をけがし居る好文會の幹事より、吉野村探梅の事を報じ來たる。八人の會員、みな揃へば好いがと案じつゝ、新宿驛に至りしが、幹事の槇園君、先づ在り。『鳥野君だけは、家内に病人ある爲め、來たる能はず』といふ。されど、昨夜雨ふりたり。今朝も曇りて、今にも降り出しさうな空模樣也。鳥野君は已むを得ずとして、他の會員が揃へば好いがと繰り返しつゝ待つ程に、旅行家の天隨君來たる。やつとこれにて三人になりたり。その後は、待てど/\、來たるもの無し。いよ/\同行は三人だけなるかと失望せしに、嬉しや、發車間際になりて、斐己大人來たる。發車するに際しても、首を車窓外に出だして見渡したるが、他の會員は終に來らざりき。
 四人ながら雨を豫期して、蝙蝠傘を持ちけるが、境驛に至りて、日出でたり。嬉しとも嬉し。
 國分寺驛までは、驛々みな櫻樹あり。國分寺驛より青梅線に乘換ふれば、梅之に代りて、驛々みな梅花なきは無し。斐己大人は去年吉野村に遊びしことありて、一行の先達たり。『青梅驛に下り、萬年橋を渡りて、ぽつ/\散在せる梅を探りつゝ、吉野村中最も梅花の多き下村に至り、日向和田驛より汽車に乘るが順路なり』といふまゝに、青梅驛に下る。驛を出づるより早く、骨董店が先づ、骨董の癖ある槇園君の眼に入り、つか/\立入る。明き盲目の裸男も、相伴して立どまる。他のものは眼に入らざれど、奧の方に古色を帶びたる瓢箪のかかれるが眼に入り、取出させて見たるに、漆にて赤く塗りたるなりき。槇園君も、あれやこれやと手にとりて見たるが、掘出しものは無かりけむ、共に失望して出づ。甲州裏街道の山の出口に當る處とて、小都會を爲す。街の兩側に櫻あるはまだしも、梅あるは、珍らし。二抱へもある青桐、人を容るべき空洞を有し、一丈位より上は切られて、小枝四方に簇出す。一同立止りて、これは珍らしと見入れば、『夏、此木の上にて晝寢したら好からむ』と、槇園君のいふに、一同覺えず打笑ふ。その瞬時は、何故に笑ひしかが分らざりしが、下司の後智慧、よく/\考ふれば、これ一種の機智なりと氣付く。
 町の中程より左折し、行くこと數町にして、萬年橋を渡る。こゝは多摩川の上流也。下流の幅ひろく沙磧大なるとは違ひ、兩崖相迫りて高く、從つて橋より水面まで、餘程の距離あり。清き水、川の全幅を滿たして流る。左右の山も近くして、橋をして一層の幽趣を帶ばしむ。
 青梅はまた山間の市街也。萬年橋を渡りては、全くの山村也。珍らしくも、また骨董店といふよりは、古道具屋といふべき店あり。例の槇園君ちよつと冷かして、直ちに去る。斐己大人の言ひし如く、ぽつ/…

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