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幼き日
おさなきひ
作品ID4855
副題(ある婦人に与ふる手紙)
(あるふじんにあたうるてがみ)
著者島崎 藤村
文字遣い旧字旧仮名
底本 「藤村全集第五卷」 筑摩書房
1967(昭和42)年3月10日
初出「婦人畫報」1912(明治45)年5月~1913(大正2)年4月
入力者Nana ohbe
校正者林幸雄
公開 / 更新2004-09-05 / 2014-09-18
長さの目安約 85 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        一

 私の子供が初めて小學校へ通ふやうに成つた其翌日から、私は斯の手紙を書き始めます。昨日の朝、吾家では子供の爲に赤の御飯を祝ひました。輝く燈火の影に夜更しすることの多い都會の生活の中でも、子供ばかりは夜も早く寢、朝も早く起きますから、弟の方も兄と一緒に早く床を離れました。兄は八歳、弟は六歳に成ります。お人好しの兄に比べると弟はなか/\きかない氣で、玩具でも何でも同じ物が二つなければ承知しないといふ風です。ところが其朝に限つて、兄の方には新しい鞄や、帽子や、其他學校用のものが買つて宛行はれてあるに引きかへ、弟のためには子供持の雨傘と、麻裏草履としか有りません。弟は地團駄踏んで、ぐづり始めました。兄と一緒に朝の膳に對つても、兄が晴々しい顏附で赤の御飯をやつて居る側で、弟は元氣もなく、不平らしく萎れて、不承々々に箸を執り始めました。そのうちに不圖思ひ附いたやうに、食事中自分の膳を離れて、例の新しい雨傘を取りに立つて行きました。それを大事さうに自分の膳の側に置いて、それから復た食ひ始めました。家のものが皆な可哀さうに思つて笑ふと、弟は自分の爲たことを嘲り笑はれたと思つたかして、やがてその雨傘を元の場所へ仕舞に行つて、今度は好きな御馳走も食はずに泣き續けました。
 學校までは二三町あります。そこへ通ふ子供は馬車や自轉車などのはげしく通る廣い道路を越して、町を折れ曲つて行くのです。昨日の朝は家のものが一人隨いて、近所の子供や親達と一緒に學校へ行きました。今朝は送りにだけ行つて、試みに獨りで歸らせることにしました。
『兄さんは最早解つたやうな顏をして居ました。獨りで歸つて被入つしやいツて言ひましたら、ウンなんて――』
 隨いて行つた娘は斯樣なことを言つて學校の方に居る子供の噂さで持切つて居ました。昨日學校の教場で家のものの姿が見えなく成つたと言つて泣いたといふ話などもして笑ひました。
 斯の兄の方の子供は、性來弱々しく、幾度か醫者の手を煩はした程で、今日のやうに壯健らしく成らうとは思ひもよりませんでした。皆なの丹精一つで漸く學校へ通ふまでに漕附けたのです。それを思ふと斯兒は朝晩保護の役目を引受けて呉れた親類の姉さん達や下婢に餘程御禮を言はねば成りません。學校の終る頃には、家のものは皆な言ひ合せたやうに門口に出て、獨りで歸つて來る子供を待受けました。
『ア、兄さんが歸つて來た、歸つて來た。』と一人が言ふと、近所の人も往來に出て眺めて、
『まるで、鞄が歩いて來るやうだ。』と申しました。
 學校歸りの子供は鞄を肩に掛け、草履袋を手に提げ、新しい帽子の徽章を光らせながら、半ば夢のやうに家の内へ馳込みました。
 地方に居て絶えず私や私の子供のために心配して居て下さる貴女に、私は斯のことを書き送りたいと思ひます。貴女が着物を作つて送つて下すつたりした一番年少の女の…

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