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自分は見た
じぶんはみた
作品ID48569
著者千家 元麿
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日本現代文學全集 54 千家元麿・山村暮鳥・佐藤惣之助・福士幸次郎・堀口大學集」 講談社
1966(昭和41)年8月19日
初出「自分は見た」玄文社、1918(大正7)年7月
入力者川山隆
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-11-17 / 2014-09-21
長さの目安約 100 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   此の初めての詩集を
    亡き父上に捧ぐ
元麿

自序

 この詩集は自分の初めての本だ。こゝに集めた詩は一九〇〇年の冬から今迄に書いたものを全部集めた。それ以前のものははぶいた。
 武者小路實篤兄から序文を、岸田劉生兄から裝幀を頂いた事を深く感謝する。自分はこの詩集に誇りをもつ事を禁じ得無いでゐる。自分はこの初めての詩集を亡き父上に捧げる。
 一九一八年三月二十六日夜
千家元麿

車の音

夜中の二時頃から
巣鴨の大通りを田舍から百姓の車が
カラ/\カラ/\と小さな燥いた木の音を立て、無數に遣つて來る。
勢のいゝその音は絶える間もなく、賑やかに密集して來る。
人聲は一つも聞え無い。何千何萬と知れ無い車の輪の、
飾り氣の無い、元氣な單調な音許り
天から繰り出して來る。
遠く遠くから、カラ/\カラ/\調面白く、
よく廻りあとからあとから空に漲り、
地に觸れて跳ねかへり一杯にひろがつて來る。夥しい木の輪の音、
夜もすがら
眠れる人々の上に天使が舞ひ下りて、休みもせず
舞ひつ踊りつ煩さい位耳を離れず、幸福な歌をうたふやうに。

氣が附けばます/\音は元氣づき、密集團となり
朝の來るのに間に合はせる爲め
忙しなく天の戸を皆んな繰り出した音のやうに
喜びに滿ちた勇しい同じ小さな木の輪の音が
恐ろしいやうにやつて來る。
一つ一つ夥しい星の中から生れてぬけ出して來る。
もう餘程通り過ぎて仕舞つたやうに
初めから終りまで同じ音で此世へやつて來る。

曉方になるとその音は
天使の見離した夢のやうに消えて仕舞ふ。
天と地とのつなぎをへだてゝしまふ
何處かへ蜂が巣を替へて仕舞つた跡のやうに
一つも聞えなくなる。
鋭敏になつた頭には今度は地上のあらゆる音を聞く
馬鹿らしい夜烏の自動車の浮いた音や、
間の拔けた眠さうな不平をこぼす汽笛や、
だるさうな時計の響が味もなくあつち、こつちで
眞似をして仕損つたやうに、自信もなく離れ/″\に鳴る。

あゝ毎晩々々、雨の降る夜も星の降る夜も、自分の頭に響て來る
無數の百姓の車の音は自分に喜びを運んで來る
飾り氣の無い木の音のいつも變らない快さ
天から幸福を運んで繰り出して來る神來の無數の車を迎へる。
その一つ事に熱中した心の底から親切な、
喜びいそぐ無數の車の音、樂しい、賑やかな、勇しい音。

あゝ、汝の勝利だ
その一生懸命な小さいけれど氣の揃つた
豐かな百姓車の軍勢が堂々と繰り出して行つたら何でも負ける。
道を讓る
あゝ勇しい木の輪の音の行列よ
どん/\繰り出して來い。
天の一方から下りて來い
下界を目がけて、一直線に遠い/\ところから走つて來る星のやうに
都會を目がけてその一絲も亂さず、整然と
同じ法則、同じ姿勢で
立派に揃つた、木の音で
電車道を踏み鳴らして行け、躍つて行け

揃ひも揃つて選り拔きの、よく洗はれた手入の屆いた、簡單…

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