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独笑記
どくしょうき
作品ID48678
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第一卷 美文韻文」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年5月28日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2009-02-02 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

舊友の婚禮の宴に臨みて、夜をふかし、大に醉ひて歸り來り、翌日午前十時頃、起き出づれば、二日醉の氣味也。今日中に、二十五六枚ばかり起草すべき約束あり。されど、このやうな頭の具合にては、筆は執れず、執れてもろくなものは出來ず。これと思ふ問題も捉へて居らず。仕方なし、今一睡して、身體の具合を回復してからとて、微醉を求めて布團をかぶり、眠りかけむとせしに、急ち玄關に『大町君』と大呼す。宮崎來城の聲のやうなりと思ふ間もなく、來りて座に上る。果して、其人也。足掛三年にて、再び相逢ひたる也。二三日前上京し、一兩日の後、歸郷せむとす、今夜は、とめて貰ひたし、まづ酒を出せといふ。酒未だ出でず。松本道別飄然として來たる。裁判所よりの歸りなりといふ。三人とも親しき仲なり。互に奇遇を喜び、話を肴に、酒くみかはす。執筆の事も氣にかゝれど、今一日のびてもと、腹をすゑたり。
 話次、道別余を戒めて曰く、君の惡詩到る處に惡評を聞く、詩は作るなと忠告してくれよと云ひし人さへあり、奮發して、大いに勉強し給へといふ。われ頷く。來城、壁間に掲げたる余が自作自筆の一軸を見つけて、この詩佳なりといふ。道別、意外なる顏付を爲す。道別は詩を作らざるが、來城は一代の詩人也。來城語をついで、修辭は未だ到らず。道別之に和して、其事々々、作るなら修辭を勉強せよ。余は、よし/\とうなづく。終に大いに醉ふ。來城は、口角泡を飛ばして談論し、道別は、にこ/\笑ひ、余はあひま/\に詩を吟ず。來城は、酒豪也。いかばかり飮みても、玉山倒れさうにも無し。余は翌日再び二日醉をしてはならずと思ふを以て、二人を促して、寢に就きぬ。
 朝起き出でて、小酌するつもりて、三人鼎坐して杯を執る。來城ふと手にせる杯を見て、これは面白き文句なり、盃も、普通一樣のものにあらずといふ。見れば、なる程、厚味ありて、燒きもよささうにて、毫も厭味なく、やゝ黄味を帶びたる白色の外には、たゞ藍色にて下戸不レ知レ藥の五字が書かれたり。これを呉れよといふに、余はよし/\とうなづく。來城飮みほして、下におかむとすれば、道別忽ち、裏にも何か書いてあるといふ。ひつくりかへせば、果して上戸不レ知レ毒の五字あり。二句相呼應して、まことに面白き文句なりと一同覺えず破顏す。この杯、一種の興を添へて、また飮みしが、所謂毒を知らざるほどには飮まず。道別先づ眠る。余も眠る。來城も眠る。われ眼をさませば、二人既に起きて、火鉢を擁して、面白さうに談話す。どれや、今一酌と例の杯をとり出して飮む。細君、あれは、どうなさると心配さうな顏するを、來城きゝつけて、何事ぞと問ふ。昨日中に起草すべき約あり、されど、久し振にて、君が來れるに、それと斷りかねて、執筆をのばしたるなりと實を吐けば、來城怒つて、聲をあらゝげ、そは決して延ばすべきことに非す。われには唯[#挿絵]酒をあてがはば、細君や子供を相手に…

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