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もゝはがき
ももはがき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「明治の文学 第15巻 斎藤緑雨」 筑摩書房
2002(平成14)年7月25日
初出「平民新聞 第2、4、5、6、8号」平民社、1903(明治36)年11月22日~1904(明治37)年1月3日
入力者H.YAM
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-02-07 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

≪明治三十六年≫
      ○
鷸にありては百羽掻也、僕にありては百端書也月や残んの寝覚めの空老れば人の洒落もさびしきものと存候、僕昨今の境遇にては、御加勢と申す程の事もなりかね候へども、この命題の下に見るにまかせ聞くにまかせ、且は思ふにまかせて過現来を問はず、われぞ数かくの歌の如く其時々の筆次第に郵便はがきを以て申上候間願はくは其儘を紙面の一隅に御列べ置被下度候、田に棲むもの、野に棲むもの、鷸は四十八品と称し候とかや、僕のも豈夫れ調あり、御坐います調あり、愚痴ありのろけあり花ならば色々芥ならば様々、種類を何と初めより一定不致候十日に一通の事もあるべく一日に十通の事もあるべし、かき鳴らすてふ羽音繁きか、端書繁きか之を以て僕が健康の計量器とも為し被下度候勿々(十三日)
      ○
今日不図鉄道馬車の窓より浅草なる松田の絵看板を瞥見致候。ドーダ五十銭でこんなに腹が張つた云々野性は遺憾なく暴露せられたる事に候。其建物をいへば松田は寿仙の跡也常磐は萬梅の跡也今この両家は御一人前四十五銭と呼び、五十銭と呼びて、ペンキ塗競争硝子張競争軒ランプ競争に火花を散らし居り候由に候。見識と迂闊は同根也、源平の桃也馬鹿のする事なり。文明は銭のかゝらぬもの、腹のふくるゝものを求めて止まざる事と相見え申候。(十四日)
      ○
平民新聞の創刊に賀すべきは其門前よりも其紙上に酸漿提灯なき事なり各国々旗なき事なり市中音楽隊なき事なり、即ち一の請負、損料文字をとゞめざる事なり。ト僕ガ言つてはヤツパリ広目屋臭い、追て悪言を呈するこれは前駆さ、齷齪するばかりが平民の能でもないから、今一段の風流気を加味したまへ但し風流とは墨斗、短冊瓢箪の謂にあらず(十五日)


何も是れも俊秀なら、俊秀は一山百文だとも言得られる。さて其俊秀なる当代の小説家が普通日用の語をさへ知らぬ事は、ヒイキたる僕の笑止とするよりも、残念とする所だが今ではこれが新聞記者にも及んだらしい。けふの萬朝報に悪銭に詰まるとあるのは、悪の性質を収得と見ず、消費と見たので記者は悪銭身に附かずといふのと、悪所の金には詰まるが習ひといふのと、此二箇の俗諺を混同したものだらう。かゝる誤りは萬朝報に最も少かつたのだが、先頃も外ならぬ言論欄に辻待の車夫一切を朧朧と称するなど、大分耳目に遠いのが現はれて来た。これでは国語調査会が小説家や新聞記者を度外視するのも無理はないと思ふ。萬朝報に限らず当分此類のが眼に触れたら退屈よけに拾ひ上げて御覧に供さう。(十五日)
      ○
日向恋しく河岸へ出ますと丁度其処へ鰻捕る舟が来て居ました。誰もよくいふ口ですが気の長い訳さね 或一人が嘲笑ひますと又、或一人がさうでねえ、あれで一日何両といふものになる事がある俺が家の傍の鰻捺ぎは妾を置いて居ますぜと、ジロリと此方の頭の先から足の先迄見下しましたこのやう…

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