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吉良上野の立場
きらこうずけのたちば
作品ID487
著者菊池 寛
文字遣い新字新仮名
底本 「菊池寛 短篇と戯曲」 文芸春秋
1988(昭和63)年3月25日
入力者真先芳秋
校正者大野晋
公開 / 更新2000-02-08 / 2014-09-17
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

          一

 内匠頭は、玄関を上ると、すぐ、
「彦右衛と又右衛に、すぐ来いといえ」といって、小書院へはいってしまった。
(そらっ! また、いつもの癇癪だ)と、家来たちは目を見合わせて、二人の江戸家老、安井彦右衛門と藤井又右衛門の部屋へ走って行った。
 内匠頭は、女どもに長上下の紐を解かせながら、
「どうもいかん! また物入りだ! しょうがない!」と、呟いて、袴を脱ぎ捨てると、
「二人に早く来るよう、いって参れ!」と催促した。
 しばらくすると、安井彦右衛門が、急ぎ足にはいって来て、
「何か御用で!」といって、座った。
「又右衛は?」
「お長屋におりますから、すぐ参ります」
「女ども、あちらへ行け! 早く行け!」と、内匠頭が手を振った。女は半分畳んだ袴、上下を、あわてて抱いて退ってしまった。
「例の京都からの勅使が下られるが、また接待役だ」
「はっ!」
「物入りだな」
「しかし、御名誉なことで、仕方がありませんな」
「そりゃ、仕方がないが……」と、内匠頭がいったとき、藤井又右衛門が、
「遅くなりました」といって、はいって来た。
「又右衛門、公儀から今度御下向の勅使の御馳走役を命ぜられたが、それについて相談がある」
「はい」
「この前――天和三年か、勤めたときには、いくら入費がかかったか?」
「ええ……」二人は、首を傾けた。藤井が、
「およそ、四百両となにがしと思いますが」
「そのくらいでした」と、安井が頷いた。
「四百両か! その時分と今とは物価が違っているから、四百両では行くまいな。伊東出雲にきくと、あいつの時は、千二百両かかったそうだ」
「あの方のお勤めになりましたのは、元禄十年――たしか十年でしたな」
「そうだ」
「あのとき、千二百両だといたしますと、今日ではどんなに切りつめても、千両はかかりましょうな」
 内匠頭は、にがい顔をした。
「そんなにかかっちゃ、たまらんじゃないか。わしは、七百両ぐらいでどうにか上げようと思う」
「七百両!」と、二人は首を傾けた。
「少なすぎるか」
「さあ!」
 二人は、浅野が小大名として、代々節倹している家風を知っていたし、内匠頭の勘定高い性質も十分知っていたので、
「それで、結構でしょう」と、いうほかはなかったが、伊東出雲とて、少しも裕福でないのに、その伊東が千二百両かけたとしたら、御当家が七百両では少しどうかしらと、二人とも思っていた。
「第一、近頃の世の中はあまり贅沢になりすぎている。今度の役にしても、肝煎りの吉良に例の付届をせずばなるまいが、これも年々額が殖えていくらしい」
「いいえ、その付届は、馬代金一枚ずつと決っております」
「それだけでも、要らんことじゃないか。吉良は肝煎りするのが役目で、それで知行を貰っているのだ。わしらは、勅使馳走が役の者ではない。役でない役を仰せつかって、七、八百両みすみす損…

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