えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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草道
くさみち
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 花袋全集 第二十一巻」 臨川書店
1995(平成7)年1月10日
入力者tatsuki
校正者林幸雄
公開 / 更新2009-04-30 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

         一

「とてもあんなところには泊れやしないね、あんなところに泊らうもんなら何をされるかわかりやしない」かうBが言つたのは、その深い草道を半里ほどこつちに来てからであつた。かれ等は伴れて来た支那人の案内者をまぜて五人、今夜はその山の寺に泊るつもりでやつて行つたのであつたけれども、そのあたりの光景のわるく無気味なのと、そこらに馬賊が出没していつそれが襲つて来ないともかぎらないといふのに不安になつて、もう午後四時過ぎの日影が山の端に低くなつてゐるのにも拘はらず、あわてゝそこから飛び出して来たのであつた。彼等は草やしのやかやの一面に茂つてゐる谷合の路――路といつてもどうかすればすぐ見失つてしまひさうな細い路を走るやうにして一生懸命にわけて行つた。
「馬賊ツて、別にやつて来るんぢやなくつて、あいつ等がすぐそれになるのかも知れないからな……こんなところにとても泊れないよ。こんな山の中では、殺されたつて、永久にわかりやせんからな。第一日本の官憲の力だつて、あそこまでは入つて行けないからね……」
「本当だとも――」
「そいつだつて、何だかわかりやしない。彼奴等の廻しものかも知れない」Hはかういつて、少し前に歩いて行く支那人の案内者をあごで指した。
 皆は一層不安になつた。たれの頭にも、その山寺の一室のさまが気味わるくうつつた。肥つた大きな男、わるこすさうな眼つきをした坊主、床の上にあぐらをかいて坐つてゐる統領らしいおやぢ、どう考へて見ても水滸伝の中にある光景としかかれ等には思はれなかつた。それはかれ等とて毒の入つたまん頭やしびれ薬の雑ぜられてある酒なぞがそこにあらうとは思はなかつたけれども、今朝から持つてゐる不安――その山の中ではいつ馬賊に出会すかわからないといつたやうな不安が、絶えずかれ等をおびやかして、山越しに、否、むしろ岩石づたひに辛うじてそこに行着いた時には、どうして好奇にこんな山の中に入つて来たかと後悔されたのであつた。皆はそこで互に眼を見合せてため息をついた。つかれてはゐたけれどもどうしてもそこには泊る気にはなれなかつたのである。

         二

 アカシヤやブナやハクヨウが一面に深くしげつて、わけて行く草道は、ともすれば人の肩を没するほどそれほど深かつた。細長い谷は五町ぐらゐの狭い幅で、右にも左にも前にも後にも樹や影の深い山巒が高く高くおほひ重なつた。それに、爪先上りになつてゐる路は、行つても行つても容易に尽きやうとはしなかつた。
「これはさつき通つて来た路ぢやないね?」
「さうだ……さつきは、向うだつた」
「これで好いのかね?」
 支那語を片語でやるSが一行の不安を表して、何遍も何遍もしつこく聞いて見たけれども、唯だ大丈夫だとばかりで、案内者はぐんぐん彼等の先に立つて歩いて行つた。
「本当に大丈夫かな?」
 BはHにいつた。
 H…

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