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島からの帰途
しまからのきと
作品ID48880
著者田山 花袋 / 田山 録弥
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 花袋全集 第二十二巻」 臨川書店
1995(平成7)年2月10日
初出「女性 第二巻第四号」1922(大正11)年10月1日
入力者tatsuki
校正者津村田悟
公開 / 更新2018-02-23 / 2018-01-27
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 KとBとは並んで歩きながら、
『向うから見たのとは、感じがまた丸で違ふね?』
『本当だね……』
『第一、こんな大きな、いろいろなもののあるところとは思はなかつた。医者もあれば、湯屋もある。畠もある。野菜だツて決して少い方ではない。立派な別天地だ……。こゝなら配流の身になつても好いね?』
『一月ぐらゐ好いね……』
『いや、僕はもつと長くつても好い。一年ぐらゐかういふ世離れたところにじつとしてゐたい? 世の中の覊絆からすつかり離れて?』
『本当だ……それが出来れば結構だけども……。とても出来さうにもないね? さうでなくつてさへ、何ぞと言ふと、都に帰りたくなるんだからね……』
 かう言つたBの言葉がKの胸にはかなりに強く響いた。そんなことを口にこそ出して言つてゐるけれども、常に、一刻も忘れられずに、その心が都に向つて靡いて行つてゐる身であることをKは思ひ起した。現に、昨夜の日記にも、かの女を思つた五行の詩を書きつけたことを思ひ起した。
『でも出来ないことはないと思ふね?』
 Kはわざとその心の底の秘密をかくすやうにして言つた。
『さうかな……? 君に出来るかな? 出来ればえらいな……』Bは笑つて、『本当にかういふところに来てゐれば、僕のためにはなるな』
 二人の歩いてゐるところは、それは丁度島の脊梁に当つてゐるやうな路だつた。右にも左にも海は見えた。凄じく鳴つて押寄せて来て、そして脆く砕けて行つてゐる波濤が見えた。遠くに帆が一つ漂つてゐるのが見えた。
『あれがT島かね?』
『さうだ……』Kはかねて一度来たことがあるので、そこらのことによく通じてゐた。
『かなり遠いね?』
『三里はあるね。何しろ、あの島は三重県だから、巡査でも、ポストでも、皆なT島の町からやつて来るんだからね? 場合に由ると、一週間も交通の絶えることがあるさうだ……』別にBは訊きもしないのにKはかう話した。
『B島はあの向うにちよつと見える奴かね?』
 Bは指さした。
『さうだ。あれがS島だ。あれから志州の鳥羽までは、まだ二里ぐらゐあるんだからな……』
『小船で渡るんぢや中々大変だね?』
『何あに、こゝいらの漁師達は何とも思つてゐないらしいね。風さへ好けりや、ぐんぐん、漕ぎ出して行くからな……。何でもこゝから鳥羽まで六里あるさうだが、ポストはS島に一ヶ所、T島に二ヶ所寄つて、それから毎日此処までやつて来るんだからね?』
『えらいこツたな』
 脊梁のやうなところを少し下りると、路は次第に、かれ等の昨夜やつて来た浜の方へと折れ曲つて行つてゐた。そこには人家はごたごたと上から下へ階段をなしてつくられてゐるのが見えた。医者の家の硝子窓が午後の日にピカツと光つた。そしてその向うには、かれ等の此夏やつて来てゐる伊良湖の鼻の長く海中に突き出してゐるのがはつきりと手に取るやうに指さゝれた。
 かれ等は昨夜十時過に…

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