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石窟
せっくつ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 花袋全集 第二十一巻」 臨川書店
1995(平成7)年1月10日
入力者tatsuki
校正者林幸雄
公開 / 更新2009-04-30 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

         一

 そこに来た時には、二人は思はずはつとした。大きなものに――何とも言はれない大きなものに打突かつたやうな気がした。かれ等はかうしたものが此の山の中にあらうとは思はなかつた。
「む、む――」
 暫くしてから洋画家のAは唸るやうな声を出した。
「大したもんだな――何んとも言はれんな――」
 ひとりは小説家でMと言はれてゐた。
 二人はまた押黙つた。その感動を言ひあらはすための総ての言葉を失つて了つたといふやうに、または何も彼もすつかりそれに奪はれて了つたといふやうに。Aはヘルメツト帽を傾け、Mは麦稈帽子を手にしたまゝ、じつとその石刻の仏像に対して立つた。石窟の内はしんとして、外から入つて来た午前の光線が微かにその周囲を取巻いてゐる浮彫になつてゐる無数の仏像を照した。千二三百年を経過した塵埃のにほひが静かに鼻を撲つた。
 二人は体が引緊められるやうな気がした。かれ等は昨日この古い歴史を持つた土地に来て、久しい間そのまゝに残つてゐる池や、城址や、寺の塔や、帝王の陵や、日本では今日は容易に見ることの出来なくなつてゐる亀趺[#挿絵]首や、大きな鐘などを見て、過ぎ去つた長い人生の上に[#挿絵]忽に現はれてそしてまた[#挿絵]忽に過ぎ去つた人達のことを思つて、その空気やら感じやらに深く捉えられて、現に昨夜もよくは眠られないくらゐであつたが、今はさうした感傷的な心持どころではなく、全く何か大きなものに圧倒的に支配されて了つたやうな感じがした。石刻の仏像は、しかも何も知らぬやうに、何者が来てそれと相対しやうが対すまいが、感動しやうが感動しまいが、そんなことには頓着ないといふやうに、寂としてそこに立つてゐるのであつた。

         二

 二人が通り一遍の遊覧者であつたならば、唯、大勢の言ふやうに、「えらいもんだな?」とか、「こんなものは日本にはない」とか、「千年前にもこれだけのものをつくる人がゐたのだね?」とか言つて普通に下山して来て了つたであらうけれども、同じく芸術に精進してゐるかれ等に取つては、とてもそんな軽るい心持で下りて来ることは出来なかつた。かれ等の心はその石刻の仏像と雑り合つた。その仏像を刻んだ人の心と雑り合つた。その深く且つつらかつたであらう心の努力と雑り合つた。かれ等はそこに自分等の意気地のないのを見出した。努力の足りないのを見出した。かういふ純一無二の境にまで既に行つてゐるもののあるのを見出した。かれ等はお互ひに言ひたいことが胸に満ち溢れてゐたけれども、しかもそれを言出すべく余りに感動に満たされてゐた。
 かれ等は尠くとも二三十分はそこにさうして立つてゐた。ことに、Aの眼はその仏像から少しも離れなかつた。スケツチ帖を出すことすらをかれは忘れてゐた。

         三

「素敵だね?」
「何とも言はれんね!」
「あゝいふもの…

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