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アンナ、パブロオナ
アンナ、パブロオナ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 花袋全集 第二十一巻」 臨川書店
1995(平成7)年1月10日
初出「北海タイムス」1925(大正14)年1月15、17、19、21、23日
入力者tatsuki
校正者林幸雄
公開 / 更新2009-04-26 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

         一

「そんなにして遊んでゐて好いのかね?」
「大丈夫よ」
 Bは笑つて、「旦那に見られては困るんぢやないか?」
「そんなこと心配ないの……見つかつて、いやだつて言つたら、よして了ふばかりですもの」
 飽きも飽かれもせずに別れた時子とハルピンのホテルでさうした一夜を送らうとはBは思ひもかけなかつた。それはそこにゐるのは聞いて知つてゐた。大連で女から手紙も受取るには受取つた。しかもかういふ風に自由に、簡単に逢ふことが出来るとはBも思つてゐなかつた。せめて顔だけでも見られゝば満足であると思つて居た。であるのに、昨夜電話をかけると女はすぐやつて来て、それからの恋心の復活、何処にもさうした自由な歓楽はあり得まいと思はれるほどの恋のエクスタシイ――今朝目覚めた時には二人は顔を見合せずには居られなかつたことを、Bは繰返した。
「でもあとで困るといけないよ」
「心配なさらなくつて好いのよ……。それよりも、私、東京に帰りたくなつちやつた!」
「馬鹿な!」
 Bは笑つて見せた。
「伴れてつて下さい! ね? ね?」
 とても出来ないのをちやんと承知してゐて、しかもわざと甘へるやうに時子は言つた。時子はベツドの傍にある洗面所で顔を洗つて髪を梳いて、白粉をさつと刷毛で刷いて綺麗になつてゐた。
「……………………」
「駄目?」
 男の顔をじつと見て、
「どうしてかう人間と云ふものは思ひのまゝにならないものなんでせうね!」
「…………」
「だつて、さうぢやないの? こんなに思合つてゐるものが何故一緒になれずに、こんなに遠く離れて暮さなけりやならないの? それがこの世の義理?」
「…………」
「男ツてのんきね。何とも思つてゐないんですものね?」
「…………」
「ね? 伴れて行つて下さい!」
 Bが猶ほ真面目な顔で沈黙を続けてゐるのを見て、時子は溜息をついて、「私だつて旦那がいやぢやないんです。いやではとてもこんなにしてはゐられはしません。しかし本当にはそれより矢張貴方の方が好いんですものね…………。貴方だつてさうでせう? 奥さんがいやぢやないんでせう。しかし奥様よりも私の方が好いんですもの……。何故、好い同志がかうして離れてゐなくつてはならないんでせう。二人一緒になれば、眼に見えて好いことがちやんとわかつて居りながら――」
「…………」
 Bは答への代りに、二三歩近寄つていきなり女をかき抱いた。時子も強くBを抱き緊めた。いつか男の眼からは涙が流れた。女は低い欷歔の音を立てた。

         二

「それで、そのアンナといふ女はこのハルピンにゐるの?」
「さう――」
「ハルピンの何処に?」
「何でも郊外ださうだ。エスカスとかいふところがあるかね?」
「あるわ」
「何処だえ、それは?」
「川の向うですがね。避難民などがゐるところですがね……。そこにゐるんですか?」
「…

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