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武州喜多院
ぶしゅうきたいん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本随筆紀行第五巻 関東 風吹き騒ぐ平原で」 作品社
1987(昭和62)年10月10日
入力者門田裕志
校正者多羅尾伴内
公開 / 更新2004-06-30 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 これも五月のはじめ、郊外の新緑にひたろうと、ブラリ寓を出でて、西武線の下井草までバス、あれから今日の半日を伸せるだけのして見ようと駅で掲示を見る、この線の終点は川越駅になっている、発駅は高田馬場である、そこで六十何銭かを投じて川越駅までの切符を求めた。
 特に川越を目的とする何等の理由は無かった、全く出来心ではあったし、川越という処も一両度訪れたことはあるのだがどうも、東京もよりでは、すでに歩くだけは歩きつくしているような我身だから、時にはおさらいをして見るより外はないという事情もある。
 川越といえば、今ではお薯の名所となっているが、近世史上から云えば、なかなか由緒のある土地である、武蔵国では江戸を除いては一二と云う都会であったのだ、小田原北条以来勇武の歴史もあるし、徳川になっても有力な大名が封ぜられている、併し、名所及び人物としての川越は、今では喜多院及び天海僧正にとどめを差すのである、そこで、兎に角、喜多院を目ざして、そうしてその主目的は武蔵野の新緑に酔わんとするのにあったのだ。
 喜多院と云っても、はじめてではない、先年、花の盛りにも来て見たことはあるが、今度はその時見残した国宝の職人図だの、岩佐勝以の三十六歌仙だの、そんなものを見せてもらうことが出来れば幸だと思った。
 入間川までは電車も相当混む、今は花時だから、それから先きが存外長いと思った、川越駅で下車して見る、別に昔と比べて目醒ましい発展をしているとも思われない、下車すると大宮行きのバスがある、それへ乗り込んで七八丁、喜多院前で下車する、境内はだだっ広くしまりがない、本堂も大きいには大きいがかなり汚ない、それから宝物を見せて貰えまいかと頼むと庫裡へおいでなさいという、庫裡へ行って見たが誰も居ない、そのままずんずん上りこんで奥の方へ行くと奥庭に大きな桜の老木がある、ハヽアこれだな! と思った、鳴雪の句に、

南無大師三百年の桜かな

 という句があったのを覚えているが、先年来た時本堂の前庭の桜は花盛りであったが、三百年に該当するような大木はついぞ見出されなかったがここへ来て見てはじめてそれと分った、立札を見ると、

三代将軍家光お手植桜
樹高――三十二尺、周囲――八尺、樹齢――二百九十年
寛永十六年再築の時植付

 とある、それから書院を廻って見ると三代将軍誕生の間というのがある、ハテ、家光公はここで生れたのかしら、どうも家光が川越で生れたという説は聞かない、そこで思案にくれていると、髪の毛を分けた若い書生さんが出て来たからその人を捕えて聞くと、この書院なるものがその以前江戸城内のもみじ山にあったのをそっくりそのまま当院へ寄付されたということで、それから今須弥壇になっている一間を通してあちらの間は春日局がお産の祷りをした間であると伝えられ、それからまた国松方の間者として入り込んでいた侍女を差…

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