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銀座は昔からハイカラな所
ぎんざはむかしからハイカラなところ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「梵雲庵雑話」 岩波文庫、岩波書店
1999(平成11)年8月18日
初出「銀座」資生堂、1921(大正10)年10月
入力者小林繁雄
校正者門田裕志
公開 / 更新2003-02-16 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今日でも「銀座」といえば何に限らず目新らしいもののある所とされていますが、以前「煉瓦」と呼ばれた時代にもあの辺は他の場所よりも一歩進んでいて、その時分の珍らしいものや、珍らしい事の多くはこの「煉瓦」にありました。いわば昔からハイカラな所だったのです。

伊太利風景の見世物

 明治七、八年の頃だったと思いますが、尾張町の東側に伊太利風景の見世物がありました。これは伊太利人が持って来たもので、長いカンバスへパノラマ風に伊太利のベニスの風景だとか、ナポリの景だとかあるいはヴェスビアス火山だとかいったものが描いてあって、それを機械で一方から一方へ巻いて行くに連れてそれらの景色が順次正面へ現れて来ます。そうするとその前の方へ少し離れた所に燈火の仕掛があってこれがその絵に依って種々な色の光を投げかけるようになっています。例えばベニスの景の時には月夜の有様を見せて青い光を浴せ、ヴェスビアス火山噴火の絵には赤い光線に変るといった具合です。今から考えれば実に単純なつまらないものですが、その時分にはパノラマ風の画風と外国の風景と光線の応用とが珍らしくって、評判だったものです。これを私の父が模倣して浅草公園で興行しようと計画したことがありましたが都合でやめました。

西洋蝋燭

 明治五年初めて横浜と新橋との間に汽車が開通した時、それを祝って新橋停車場の前には沢山の紅提灯が吊るされましたが、その時その提灯には皆舶来蝋燭を使用して灯をつけたものです。その蝋燭の入っていた箱が新橋の傍に山のように積んで捨ててあったのを覚えています。これが恐らく西洋蝋燭を沢山に使った初めでしたろう。その頃は西洋蝋燭を使うなどということは珍らしかった時代ですから大分世間の評判に上りました。

舶来屋

 その頃から西洋臭いものを売る店が比較的多くありました。こういう店では大抵舶来の物を種々雑多取り交ぜて、また新古とも売っておりました。例えばランプもあれば食器類もあり、帽子もあればステッキのようなものもあるといった具合で、今日のように専門的に売っているのではなかったのです。それでこういう店を俗に舶来屋と呼んでいました。私の今覚えていますのは、当時の読売新聞社と大倉組との間あたりにこの舶来屋がありました。尤もこの店は器物食器を主に売っていました。それから大倉組の処からもう少し先き、つまり尾張町寄りの処にもありました。現に私がこの店で帽子を見てそれが非常に気に入り、父をせびって買いに行った事がありましたが、値をきいて見ると余り高価だったのでとうとう買わずに帰って口惜しかった事を覚えています。とにかくこういうように舶来の物を売る店があったということは、横浜から新橋へ汽車の便のあったことと、築地に居留地のあったためと、もう一つは家屋の構造が例の煉瓦で舶来品を売るのに相当していたためでしょう。

オムニバス

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