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M侯爵と写真師
エムこうしゃくとしゃしんし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「菊池寛 短篇と戯曲」 文芸春秋
1988(昭和63)年3月25日
入力者真先芳秋
校正者久保あきら
公開 / 更新1999-09-19 / 2014-09-17
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ……君も知っているでしょう、僕の社の杉浦という若い写真師を。君もきっとどこかで、一度くらいは会ったことがあるはずです。まだ若い、二十をやっと出たか出ないかの江戸っ子です。あの男とM侯爵との話です。M侯爵って、無論あのM侯爵です。大名華族中第一の名門で重厚謹厳の噂の高い、華族中おそらく第一の名望家といってもよいあのM侯爵です。第三次の桂内閣が倒れた後に、一時M侯爵が宰相に擬せられたことがありましたね。その時S新聞だったと思いますが、「M侯爵は日本の取って置きの人物だ。有事の日に使用すべき切り札だ。今内閣を組織させるのは惜しい」なんていいましたが、朝野を通じて名望家といえば、あの人以上の人はちょっとありますまいね。重厚謹厳で一指も軽々しく動かさないという風がありながら、日常は至極平民的で如才なく、新聞記者などにもあのくらい快く会ってくれる人は、ちょっとありますまい。駆け出しの記者は会ってくれさえすれば、誰でも善人に見えてしようのないものです。僕なども石の缶詰をこしらえたなどという悪評のある某実業家が快く会ってくれたために、その当座はばかにその人が好きになったことがありましたよ。とにかく、杉浦のような小僧あがりの写真師が、M侯爵と知己になるなんて、全く侯爵が平民的ないい人だからです。またこの杉浦というやつが、図々しくって押しが太くて、鼻柱が強くて、大臣宰相でも、公爵でも、何の遠慮もあらばこそ、ぐんぐんぶつかって行く男なのです。
 一体、杉浦だけではありません。およそ世の中で図々しい押しの強い人種といえば、おそらく新聞社の写真班でしょう。世間では新聞記者を、図々しい人間の集まりだと思っているようですが、この頃の記者は、皆相応に学問もあって、自分自身の品格というものを考えていますから、相手にいやがられるほど図々しく出るなどということはまずないと思います。そこへ行くと写真班の連中です。見栄も外聞もあったものではありません。何でもかでも「撮ったが勝」です。いつか、日本で客死したルーマニア公使の葬式が、駿河台のニコライ堂で行われた時でした。まだ若い美しい未亡人が、祈祷の最中に泣き崩れているところを何の会釈もあらばこそ、マグネシウムをボンボンと焚きながら、各社の連中が折り重なって撮るのです。同じ、新聞社に籍を置く僕さえも、あの時ばかりは苦々しく思いました。死者に対する礼儀も、喪者に対する礼儀もあったものでありません。ああなると全く人道問題ですね。が、それかといって、撮る方は大事な職業で、ことに社と社との競争の激しいこの頃ですから、他社に少しでも写真が劣ると大変ですから、皆血眼になっているのです。場合がどんな厳粛な場合であろうが、あるまいが、かまってはいられないのです。またいつか、上野音楽学校で、遠藤ひさ子女史のピアノ独奏会があった時です。何でもあの人が、重病の床から、免れて…

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