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青磁の皿
せいじのさら
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻9 骨董」 作品社
1991(平成3)年11月25日
入力者門田裕志
校正者高柳典子
公開 / 更新2005-05-20 / 2014-09-18
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 故人小杉榲邨博士の遺族から売りに出した正倉院の御物が世間を騒がせてゐるが、同院が東大寺所管時代の取締がいかにぞんざいであつたかを知るものは、かうした御物が小杉博士の遺族から持ち出されたといつて、単にそれだけで博士を疑ふのはまだ早いやうに思はれる。
 むかし鴻池家に名代の青磁の皿が一枚あつた。同家ではこれを広い世間にたつた一つしか無い宝物として土蔵にしまひ込んで置いた。そして主人が気が鬱々すると、それを取り出して見た。凡て富豪といふものは、自分の家に転がつてゐる塵つ葉一つでも他家には無いものだと思ふと、それで大抵の病気は癒るものなのだ。
 ある時鴻池の主人が好者の友達二三人と一緒に生玉へ花見に出掛けた事があつた。一献掬まうといふ事になつて、皆はそこにある料理屋に入つた。
 亭主は予々贔屓になつてゐる鴻池の主人だといふので、料理から器まで凝つたものを並べた。そのなかの一つに例の秘蔵の宝物と同じ青磁の皿に、一寸した摘み肴が盛られたのがあつた。
 鴻池の主人は吃驚して皿を取り上げて見た。擬ふ方もない立派な青磁である。側にゐる誰彼は幾らか冷かし気味に、
「ほほう、結構な皿や、亭主、お前とこはほんまに偉いもんやな。鴻池家で宝のやうに大事がつとる物を突出しに使ふのやよつてな。」
と賞めあげたものだ。
 鴻池の主人は、皿を掌面に載せた儘凝と考へてゐたが、暫くすると亭主を呼んで、この皿を譲つてはくれまいかと畳の上に小判を三十枚並べた。亭主は吸ひつけられたやうに小判の顔を見てゐたが、暫くすると忘れてゐたやうに慌てて承知の旨を答へて、小判を懐中に捻ぢ込んだ。
 鴻池の主人はそれを見ると、掌面の皿をいきなり庭石に叩きつけた。青磁の皿は小判のやうな音がして、粉々に砕けたと亭主は思つた。鴻池の主人は飲みさしの盃を取り上げながら言つた。
「あの皿は家の物とそつくり同じやつた。同じ青磁の皿が世間に二つあるやうでは、鴻池家の顔に関はるよつてな。」
 そして眉毛一つ動かさうとしなかつた。
 一寸往時の事を言つたまでだ。小杉家から出た宝物とは何の関係もない。



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