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飲酒家
さけのみ
作品ID4916
著者薄田 泣菫
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆66 酔」 作品社
1988(昭和63)年4月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2014-08-28 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 片山国嘉博士が名代の禁酒論者であるのは知らぬ者はない。博士の説によると、不良少年、白痴、巾着切……などいふ輩は、大抵酒飲みの子に生れるもので、世間に酒が無かつたら、天国はつい手の達きさうなところまで引張り寄せる事が出来るらしい。
 尤も亡くなつた上田敏博士などは、酒が肉体によくないのは判つてゐる。だが、素敵に精神の助けになるのは争はれない。自分は肉体と精神と孰方を愛するかといへば、言ふ迄もなく精神を愛するから酒は止められないと口癖のやうに言つてゐた。
 その禁酒論者の片山博士の子息に、医学士の国幸氏がある。阿父さんとは打つて変つた酒飲みで、酒さへあれば、天国などは質に入れても可いといふ性で毎日浴びる程酒を飲んでは太平楽を言つてゐた。
 阿父さんの博士もこれには閉口したらしかつたが、それでも、
「俺は俺、忰は忰さ。忰が一人酒を飲んだところで、俺が禁酒会員を二人拵へたら填合せはつく筈だ。」
と絶念をつけて、せつせと禁酒の伝道を怠らなかつた。
 ところがその国幸医学士がこの頃になつてばつたり酒を止めて一向盃を手に取らうとしない。飲み友達が何うしたのだと訊くと、宣教師のやうな青い顔をして、
「第一酒は身体によくないからね。それから……」
と何だか言ひ渋るのを、
「それから……何うしたんだね。」
と畳みかけると医学士は軒の鳩ぽつぽや「世間」に立聞きされない様に急に声を低めて、
「あゝして親爺が禁酒論者なのに、忰の僕が飲んだくれぢや世間体が悪いからね。」
と甚く悄気てゐたさうだ。
 禁酒論者へ報告する。まんざら捨てたものではない。酒飲みからも、国幸医学士のやうなかうした孝行者も出る世の中だ。



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