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牢獄の半日
ろうごくのはんにち
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「葉山嘉樹 短編小説選集」 郷土出版社
1997(平成9)年4月15日
初出「文芸戦線 第一巻五号」1924(大正13)年10月
入力者A子
校正者林幸雄
公開 / 更新2009-05-03 / 2014-09-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 ――一九二三年、九月一日、私は名古屋刑務所に入っていた。
 監獄の昼飯は早い。十一時には、もう舌なめずりをして、きまり切って監獄の飯の少ないことを、心の底でしみじみ情けなく感じている時分だ。
 私はその日の日記にこう書いている。
 ――昨夜、かなり時化た。夜中に蚊帳戸から、雨が吹き込んだので硝子戸を閉めた。朝になると、畑で秋の虫がしめた/\と鳴いていた。全く秋々して来た。夏中一つも実らなかった南瓜が、その発育不十分な、他の十分の一もないような小さな葉を、青々と茂らせて、それにふさわしい朝顔位の花をたくさんつけて、せい一杯の努力をしている。もう九月だのに。種の保存本能!――
 私は高い窓の鉄棒に掴まりながら、何とも言えない気持で南瓜畑を眺めていた。
 小さな、駄目に決まり切っているあの南瓜でも私達に較べると実に羨しい。
 マルクスに依ると、風力が誰に属すべきであるか、という問題が、昔どこかの国で、学者たちに依って真面目に論議されたそうだ。私は、光線は誰に属すべきものかという問題の方が、監獄にあっては、現在でも適切な命題と考える。
 小さな葉、可愛らしい花、それは朝日を一面に受けて輝きわたっているではないか。
 総べてのものは、よりよく生きようとする。ブルジョア、プロレタリア――
 私はプロレタリアとして、よりよく生きるために、ないしはプロレタリアを失くするための運動のために、牢獄にある。
 風と、光とは私から奪われている。
 いつも空腹である。
 顔は監獄色と称する土色である。
 心は真紅の焔を吐く。

 昼過――監獄の飯は早いのだ――強震あり。全被告、声を合せ、涙を垂れて、開扉を頼んだが、看守はいつも頻繁に巡るのに、今は更に姿を見せない。私は扉に打つかった。私はまた体を一つのハンマーの如くにして、隣房との境の板壁に打つかった。私は死にたくなかったのだ。死ぬのなら、重たい屋根に押しつぶされる前に、扉と討死しようと考えた。
 私は怒号した。ハンマーの如く打つかった。両足を揃えて、板壁を蹴った。私の体は投げ倒された。板壁は断末魔の胸のように震え戦いた。その間にも私は、寸刻も早く看守が来て、――なぜ乱暴するか――と咎めるのを待った。が、誰も来なかった。
 私はヘトヘトになって板壁を蹴っている時に、房と房との天井際の板壁の間に、嵌め込まれてある電球を遮るための板硝子が落ちて来た。私は左の足でそれを蹴上げた。足の甲からはさッと鮮血が迸った。
 ――占めた!――
 私は鮮血の滴る足を、食事窓から報知木の代りに突き出した。そしてそれを振った。これも効力がなかった。血は冷たい叩きの上へ振り落とされた。
 私は誰も来ないのに、そういつまでも、血の出る足を振り廻している訳にも行かなかった。止むなく足を引っ込めた。そして傷口を水で洗った。溝の中にいる虫のような、白…

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