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今戸狐
いまどぎつね |
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作品ID | 49198 |
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著者 | 小山内 薫 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」 ちくま文庫、筑摩書房 2007(平成19)年7月10日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2008-10-11 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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これは狐か狸だろう、矢張、俳優だが、数年以前のこと、今の沢村宗十郎氏の門弟で某という男が、或夏の晩他所からの帰りが大分遅くなったので、折詰を片手にしながら、てくてく馬道の通りを急いでやって来て、さて聖天下の今戸橋のところまで来ると、四辺は一面の出水で、最早如何することも出来ない、車屋と思ったが、あたりには、人の影もない、橋の上も一尺ばかり水が出て、濁水がゴーゴーという音を立てて、隅田川の方へ流込んでいる、致方がないので、衣服の裾を、思うさま絡上げて、何しろこの急流故、流されては一大事と、犬の様に四這になって、折詰は口に銜えながら無我夢中、一生懸命になって、「危険危険」と自分で叫びながら、漸く、向うの橋詰までくると、其処に白い着物を着た男が、一人立っていて盛に笑っているのだ、おかしな奴だと思って不図見ると、交番所の前に立っていた巡査だ、巡査は笑いながら「一体今何をしていたのか」と訊くから、何しろこんな、出水で到底渡れないから、こうして来たのだといいながら、ふと後を振返って見ると、出水どころか、道もからからに乾いて、橋の上も、平時と少しも変りがない、おやッ、こいつは一番やられたわいと、手にした折詰を見ると、こは如何に、底は何時しかとれて、内はからんからん、遂に大笑いをして、それからまた師匠の家へ帰っても、盛に皆から笑われたとの事だ。