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月夜峠
つきよとうげ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」 ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-23 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 これも同じく遠野で聞いた談だ。その近傍の或海岸の村に住んでいる二人の漁夫が、或月夜に、近くの峠を越して、深い林の中を、二人談しながら、魚類の沢山入っている籠を肩にして、家の方へ帰って来ると、その途中で、ひょっこりとその一人の男の女房に出会った。その夫は女房に向って、「お前は、今頃何処へ行くのだ」と訊ねると、女房は、「急に用事が出来たから、△村まで行って来ます」と答えたが、傍で同伴の男が、見詰ていると、女はそういいながら、眼を異様に光らして、籠のあたりを、鼻先をぴくぴくさしている模様が、如何にも怪しいので、これはてっきり魔物だと悟ったから、突然その男は懐中にしていた、漁用の刃物を閃すが早いか、女に躍懸って、その胸の辺を、一突強く貫くと、女はキャッと一声叫ぶと、その儘何処とも知らず駈出して姿が見えなくなった。夫は喫驚して、如何したのだとその男に詰ると男は頗る平然として、何これは魔物にちがいない、早く帰ろうといいながら、その男の袖を引張るようにして、帰途に就いたが、夫なる男の心配は一方ではない。急いで家に着くと、早速雨戸を開けて、女房の名を呼ぶと、はいといいながら寝惚眼をして、確に自分の女房が出て来たので、漸く安心して先刻あった談をすると、その女房も思当るような顔をしながら、不思議なこともあればあるものです、妾も先刻、松さんに殺された夢を見て、思わずキャッと叫ぶと、眼が覚めたのですと、いったので、その漁夫も、それを聞いて不思議に思ったから、翌朝になると早速に、前夜の同伴の男と一緒に、昨夜の場所に行ってみると、その処から少し離れた叢の中に、古狐が一匹死んでいたとの事であった。



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