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「言語の起原」附記
「げんごのきげん」ふき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鴎外全集 第二十六卷」 岩波書店
1973(昭和48)年12月22日
初出「萬年艸 卷第九」1903(明治36)年10月31日
入力者岩澤秀紀
校正者染川隆俊
公開 / 更新2009-11-26 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 此言語起原の一篇は江村學人の草する所なり。予は之を萬年艸に收録するに當りて、一二所思を附記することの必ずしも無用ならざるべきを信ず。學人は小兒の※[#「口+斗」、26-3]聲、簡單なるものより複雜なるものに進み、言語の原料となると云ひ、數語を擧げて之れが證例に充てられたり。是れ言語學上容易ならざる問題なり。予は故に謂へらく。此研究の便宜上、一應彼※[#「口+斗」、26-5]聲と言語の原料とを區別し置かんこと或は宜しきを得たるものなるべし。而して其の用語は MUELLER に從ひて、※[#「口+斗」、26-6]聲に關する一切の事を間投的語原の問題(INTERJECTIONAL)と名づけ、所謂言語の原料の一部(證例の半)の事を繪聲的語原の問題(ONOMATOPOETISCH)と名づくるに若かずと。繪聲(ONOMATOPOEIE)の語は希臘以來の意義幾多の變遷を閲し來り、稍や誤解を招き易き嫌あるより、學者往々他語を以て之に代へんとしたることあり。或は摸聲(IMSONISCH, IMITATIO+SONUS)と云ひ、或は感知(PATHOGNOMISCH)と云ひ、又 MUELLER は初め WAU-WAU-THEORIE の名を下して、以て間投的語原論の PAH-PAH-THEORIE に對せしが、人の其卑俚にして學者を侮辱するに似たるを難ずるに逢ひて、後之を撤囘せり。要するに繪聲の語の廣く通ぜるに若かず。是より間投的語原の問題を略述せん。※[#「口+斗」、26-11]聲(SCHREI)は果して能く語原たるべき乎。HERDER は夙に以爲へらく。※[#「口+斗」、26-11]聲は奈何に變更すとも、終に言語を成すことなし。別に單音(TON)を得て以て標識(MERKMAL)と爲し、始て言語を成すと。JACOB GRIMM も亦曰く。※[#「口+斗」、26-14]聲は呻吟啼泣(WIMMERN, WEINEN)を成すと雖、終に言語を成さず。言語は別に(思量と倶に)贏ち得らるる(ERWORBEN)者なりと。LAZAR GEIGER の説に至りては、獸※[#「口+斗」、27-1](TIERSCHREI)と語※[#「口+斗」、27-1](SPRACHSCHREI)とを分ち、物を視て、惧れ又は欲を生じて發するものを獸※[#「口+斗」、27-2]と爲し、物を視、就中運動を視て發聲し、以て語原を作すものを語※[#「口+斗」、27-3]と爲し、語※[#「口+斗」、27-3]を生ずる視官印象は時として繪聲と倶に起ると云へり。餘は之を略す。學人の所謂泣聲即※[#「口+斗」、27-4]聲は想ふに語原を爲さざるべし。之に反して彼 a, u の音及之と b, p, m, d 等との合音は尋常の※[#「口+斗」、27-4]聲に非ず。是れ小兒の早く發し得る所の音なり。若し強ひて之に※[#「口+斗」、2…

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