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暗夜の白髪
やみのしらが
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」 ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-19 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 最早九年ばかり以前の事だ、当時私の宅へよく遊びに来た芝警察署詰の某氏の実見談である。その男というのはその時分丁度四十一二ぐらいで、中々元気な人だったし、且つ職務柄、幽霊の話などは初から「何んの無稽な」と貶した方だった、がしかしその男がこの時ばかりは「君実際恐怖かったよ」と顔色を変えて私に談したくらいだから、当人は余程凄かったものだろう、いや聴いていた私さえその時に思わずゾーッとしたくらいだったから。咄というのは斯うだ。何でも当時その男が転居をした家の出来事だ。所は芝烏森で俗に「林の屋敷」と呼ばれていた屋敷長屋の端れの家だったが、家内の間取といい、庭の趣といい、一寸気取った家で、凡て上方風な少し陰気ではあったが中々凝った建方である、殊に便所は座敷の傍の細い濡椽伝いに母家と離れている様な具合、当人も頗る気に入ったので直に家主の家へ行って相談してみると、屋賃も思ったより安値いから非常に喜んで、早速其処へ引移ることにした。
 さて家人が其処へ転居してから一週間ばかりは何の変事も無かった、が偶然或夜の事――それは恰度八月の中旬のことであったが――十二時少し過ぎた頃、急にその男が便通を催したので、枕許の手燭へ燈をつけて、例の細い濡椽を伝って便所へ行った、闇夜の事なので庭の樹立等もあまりよく見えない、勿論最早夜も更け渡っているので四辺はシーンと静かである、持って来た手燭は便所の外に置いて、内へ入った、便所の内というのも、例の上方式の前に円窓があって、それに簾が懸っている、蹲踞んでいながら寝むいので何を考えるでもなく、うとうととしていると何だか急にゾーッと悪寒を覚えたので思わず窓の簾越に庭の方を見るとハット吃驚した、外の椽側に置いた手燭の燈が暗い庭を斜に照らしているその木犀の樹の傍に洗晒しの浴衣を着た一人の老婆が立っていたのだ、顔色は真蒼で頬は瘠け、眼は窪み、白髪交りの髪は乱れているまで判然見える、だがその男にはついぞ見覚えがなかった、浴衣の模様もよく見えたが、その時は不思議にも口はきけず、そこそこに出て手も洗わずに母家の方へ来て寝た、しかし床へ入っても中々寝られないが彼はそれまでこんな事はあんまり信じなかったので、或は近所の瘋癲老婆が裏木戸からでも庭へ入って来ていたのではないかと思ってそれなりに寝てしまった。翌朝になると早速裏木戸や所々と人の入った様な形跡を尋ねてみたが、何れも皆固く閉されていたのでその迹方もない、彼自ら実は少し薄気味悪くなり出したが、女子供に云うべき事でもないので家人へは一言も云わずにいた。その後幸い一と月ばかりは何の変事も起らなかった、がさすがにその当座は夜分便所に行く事だけは出来なかった、そのうち時日も経ったし職務上種々な事があったので、彼はいつしかそんな事も忘れていた、が、またそれは十月の初旬の頃であった、もう秋の風が肌に寒い頃だったがふと或晩、…

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