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大きな怪物
おおきなばけもの
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」 ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日
初出「新小説 明治四十四年十二月号」春陽堂、1911(明治44)年12月
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-31 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 妖怪とか変化とか、生霊とか死霊とか種々な怪物に就ては度々前に話をしたり書いたりしたから改めて申すまでも無かろうから今度は少し変った筋の話をする事にする。
 一体怪物と云えば不思議なもので世間にあまり類と真似の無いもののようだが、よく考えてみるとこの世の中にありとあらゆるものは皆怪物になる、ただ私達の眼が慣れっこになったので怪物に見えなくなってしまったのに過ぎない。それが証拠には火鉢の中にある火を御覧なさい、これが第一怪物である、黒くなっているうちは弄っても熱くないが火になって赤くなれば触ることさえ出来ない、科学者に云わせると分子の運動とか何だとか理窟を附けるがよく考えれば不思議なもので確かに怪物である、庭に咲いている菊の花を嗅いでみるといい芳香がする、この花がまた怪物である、云うに云われない菊特有の香気はどうして出来たものか、これも深く詮索をすれば結局判らない事になってしまう。次に鐘を叩くとカアーンと音がする、その音は影も形もなく駈るように遠くに響いて行く、人間の拵えた説明では到底その理由が満足に判らない、これも確かに怪物である。
 かく種々怪物の例を挙げて来たが、こう云う我々人間こそ最も大きな怪物である。悪い事も考えれば善い事も考える、歩きたいと思えば足が動くし、手を揚げようとすれば手が揚がる、生理学者の説明はさることながら詮ずるに人間は一向に判らない大怪物である。この自分が大怪物である事を悟らずに種々怪物の事を想像してやれ宙を飛んだり舞ったりするのが怪物であるの、怪物に目方はないなぞと勝手に考える、しかしこれは疑えば疑が出て来る、成程地球の引力で物が下に静としているのだが、もし地球の運転が逆になったら反って宙を飛ぶのが並のもので下に静としているのが怪物になるかも知れない。また目方にしてもその通で此処で十匁あるものを赤道直下で量ったらきっと目方が減る、更らに太陽や惑星の力を受けない世界に行って目方を量るとしたら、目方はまるで無くなってしまうかも知れない。してみると目方がなければ怪物だとは一寸云い難くなる。
 まあ怪物に目方があってもなくっても、そんな事は構わないとして次に大怪物である我々人間の事を少し考えたい、人間が五官によっている間はまだ悪い怪物である、世人は科学に中毒してあまりに人間の五官を買い被り過ぎている。暗いところでは何も見えない、鼠や猫に劣る眼を持って実際正確に事物が見えようか、盗人の足痕を犬のように探れない鼻で実際香が嗅げようか、舌にしてもその例に洩ない、触感も至って不完全なもので、人間はこの五官では到底正確に事物を知ることが出来るものではないのである。ただ茲に不思議なのは心である、五官の力を借りないでこの心で事物を知る能力が人間に備っている。即ち種々ある手段によって三摩地の境涯に入れば自ら五官の力を借りずに事物を正しく知ることが出来る、古…

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