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吉原百人斬り
よしわらひゃくにんぎり
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻15 色街」 作品社
1992(平成4)年5月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-01-04 / 2014-09-21
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    序章

 随分久しい馴染だつた神田伯龍がポツクリ死んで、もう三年になる。たび/\脳溢血を患つてゐた彼だつたから、決してその死も自然でなかつたとは云へまいが、兎に角直つて平常に高座もつとめ、酒も煙草も慎んでゐた丈けに、やはりその死は唐突の感をおぼえないわけには行かなかつた。

 死ぬ前日、彼はある寄席の高座で、必らずいつもは、
「……云々と云ふ物語を、こんな一席の講談に纏めて見ました」
 かう云つて結ぶのに、その日に限つて、
「永々の御清聴を感謝いたします」
 と云つて下りて行つたさうだ。
「永々」とは、蓋し彼が前座で空板を叩いてゐた昔々から、老後の今日に至るまでの、満天下の聴衆への、「永々」の感謝だつたと云へよう。考へると、哀れが深い。
 伯龍は、人も知る世話物読み。
「小猿七之助」だの、「美の吉ころし」だの、「鼠小僧」だの、「真景累ヶ淵」だの、「藪原検校」だの、「天保六花撰」だの、いろ/\読んだが、さりげなく人物や情景のみを浮彫りにさせてゐるときには、文字どほり人情本の一頁をひもどいてゐるやうな艶冶な舞台が見事に展開された。
 だのに、彼自ら徒らに勢つて、サー/\皆さんこんなエロテイツクシーンを味はつて下さいと許りなぞつて、しつこく呼びかけてゐるところは、却つて逆効果を奏していつもブチ毀しだつた。
 例へば「小猿七之助」の中で、同衾してゐたお滝と七之助の、先づ七之助が起出でて厠へ行き、用を達しながら小窓の外の雪景色に目を瞠り、
「オイお滝、見や、余りしづかだとおもつたら、雪だぜ」
 と呼びかける章りのごときである。
 此以上、そこへ何の手をも加へず演出したら宛然人情本中の好情景であるのに、惜しい哉、彼、伯龍は、いまゝで同衾してゐた男女のひとりが先づ起出でゝ厠へ行つたは、必らずやその直前に情交してゐたのでなければならないと云つた風な、愚劣な悪謔を弄したことだつた。
 さうしたことは言外にそゞろ聯想せしめてこそ、高踏な艶笑物語とはなるものを、さりとは折角精魂含めて再刻した国貞や英泉の美しい複製版画を、自ら墨滴で汚してしまつてゐるものとじつに私は惜み度かつた。
 そこへ行くと同じ「七之助」でも、お滝との船中の馴れそめ、「美の吉ころし」の美の吉と熊次郎の媾曳、「人生劇場」(尾崎士郎作)の飛車角とその情人たるチヤブ屋女の歓会、それらの章りは、前述の悪謔がなくて活き/\たる描写にのみ終始してゐたから、極めて妖艶な哀艶な詩趣を漲らせ、芸術的なあぶな絵として、永遠の珍重に価した。
 同じく彼の佳きレパートリイの一つたる「吉原百人斬」の中の宝生栄之丞住居の一席も、艶冶な描写が、いまに私の耳を哀しく悩ましく擽つて熄まない。
 マ紹介して見よう。

     一

 享保三年五月四日の午下り、よく真青に雲なく晴れわたつた夏空で、云ふまでもなく陰暦だから、いまなら六月末の…

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