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偸桃
ちゅうとう
作品ID4943
著者蒲 松齢
翻訳者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「聊斎志異」 明徳出版社
1997(平成9)年4月30日
入力者門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-10-12 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 少年の時郡へいったが、ちょうど立春の節であった。昔からの習慣によるとその立春の前日には、同種類の商買をしている者が山車をこしらえ、笛をふき鼓をならして、郡の役所へいった。それを演春というのであった。
 私も友人についてそれを見物していた。その日は外へ出て遊んでいる人が人垣を作っていた。堂の上には四人の官人に扮した者がいたが、皆赤い着物を着て東西に向きあって坐っていた。私は小さかったからそれが何の官であったということは解らなかった。たださわがしい人声と笛や鼓の音が耳に一ぱいになっていたのを覚えている。
 その時一人の男が髪を垂らした子供を伴れて出て来て、官人の方に向って何かいうようなふりであったが、さわがしいので何をいっているのか聞くことができなかった。と、見ると山車の上に笑い声をする者があった。それは青い着物を着た下役人であった。下役人は大声で彼の男に向って芝居をせよといいつけた。彼の男は何の芝居をしようかと訊いた。官人達は顔を見あわして三言四言いった。そこで下役人が、
「お前は何が得意か。」
 と訊いた。彼の男は、
「何もない所から物を取ってくることができます。」
 といった。下役人はそこで官人に申しあげた。と、しばらくして命がくだった。下役人は彼の男に向っていった。
「桃を取ってまいれ。」
 彼の男は承知して、衣をぬいで笥の上にかけ、物を怨むような所作をしていった。
「お役人様は、物がわからない。こんな氷の張っている時に、どこに桃があるだろう。しかし、また取らなければ怒りに触れる。さて、どうしたらいいかなァ。」
 すると彼の伴れている子供がいった。
「お父さんは、もう承知したじゃないか。今更できないとはいわれないだろう。」
 彼の男は困ってなげくような所作をしていて、やや暫くしていった。
「よし、思いついた。この春の雪の積んでいる時に、人間世界にどこに桃がある。ただ西王母の園の中は、一年中草木が凋まないから、もしかするとあるだろう。天上から窃むがいいや。」
 そこで子供がいった。
「天へ階をかけて昇っていくの。」
 彼の男がいった。
「それは俺に術があるよ。」
 そこで笥を啓けて一束の縄を出したが、その長さは二、三十丈もあった。彼の男はその端を持って、空中へ向って投げた。と、縄は物があってかけたように空中にかかったので、手許にある分を順順に投げあげると縄は高く高く昇っていって、その端は雲の中へ入った。それと共に手に持っていた縄もなくなった。そこで子供を呼んでいった。
「来な。俺は年寄で、体が重いからいけない。お前がいって来な。」
 とうとう縄を子供に持たして、
「これから登っていきな。」
 といった。子供は縄を持って困ったような所作をして、そして父親を怨むようにいった。
「お父さんは、あまり物がわからないや。こんな一本の縄でどうして天へ登れる。もし道中…

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