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蒼馬を見たり
あおうまをみたり
作品ID49431
副題02 序
02 じょ
著者辻 潤
文字遣い新字旧仮名
底本 「蒼馬を見たり」 日本図書センター
2002(平成14)年11月25日
入力者鈴木厚司
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-11-18 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 芙美子さん――
 しばらく留守にしてゐたので返事が遅れてすみません。帰つてから十日余りになるのです。身体はさしてわるいと云ふわけではないが、頭が痲痺してゐるやうなのです
 序文は勿論喜んで書きます。しかし別段改まつて書く事もありません。
 あなたが先づニセ物の詩人でないと云ふことがなにより先きに感じられるのです。
 あなたは詩をからだ全体で書いてゐます。かう云つたらもうそれ以上のことは云はないでもいゝのかもわかりません。
 あなたにはかなりな独創性があります。真似をしたところが見へません。それに情熱と明るさがあつて、キビキビしたところがあります。
 それ故あなたが特に女性だと云ふやうなことは私の頭には映じて来ないのです。
 あなたの詩には少しもこせついたところがなく、女らしいヒガミもなく、貧乏でも溌溂としてゐるところがある。
 色々綺麗な言葉を並べてもなんの感じも受けない詩があります。凄い文句や、恐ろしい言葉を連発しても少しも凄くも恐ろしくもない詩もあります。
 詩人は生れる――と云ふのはふるい言葉ですが、ほんとうです。すべて芸術はなによりも天分が問題です。努力は勿論、人間の仕事には付きものです。しかし、芸術の場合ではその努力と云ふものが駄目に終はる場合が随分と、多いのです。すぐれた天分のない人間の芸術いぢり程みじめな物は凡そないやうです。
 他人の批評ばかりを気にかけたり問題にしたりして、自分の作品に酔ふことも出来ず、ひとりそれを味ひ楽しみ得ることの出来ない人間は芸術家でも何でもないのでせう。
 自分の作品がどんなものであるかは自分が一番よく知つてゐる筈です。
 私は昔から自分の書いた物を一度も人に見せたり、読んでもらつたりした経験がありません。他人の尺度と云ふものが、如何なる場合にも自分の尺度にならぬことを自分が信じてゐるからです。
 勿論他人の作品の場合でも人がほめたからその作品に感服するのではなく、自分が感服したから、感服してゐるまでの話です。
 私も来年からは少し自分を静かにいたはる生活をしたいと思つてゐます。
 私は又この三十一日に旅へ出ます――あなたの詩集の出る頃までに帰るかも知れません。では御自愛専一に願ひます。
  大正十四年十二月二十九日
辻  潤



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