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硯友社と文士劇
けんゆうしゃとぶんしげき
作品ID49441
著者江見 水蔭
文字遣い新字旧仮名
底本 「明治文学遊学案内」 筑摩書房
2000(平成12)年8月25日
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-04-03 / 2015-03-31
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 演劇改良の声が漸く高まりかけた明治二十三年の正月、硯友社は、初めて文士劇を実演した。それまでに各所で素人芝居が開演されぬでは無かつたが、たとへそれは遊戯的に終つたとしても、兎に角文士が揃つて新作の脚本を上演したといふ事は、当時に於て一大驚異で有つたのだ。
『今の俳優には、役に就ての心理解剖が出来ない。我々は芸が下手でも、それが出来る。今に教育有る者が続々劇界に投じるだらう、我等は其先駆者だ。』
 そんな抱負を口にはしたが、要するに内実は、芝居が演じて見たかつたので。けれども昔から型の有る物をやつては、到底団十郎、菊五郎には及ばないから、新作物で競争しやうといふ鼻息。それで、先づ初に紅葉が提案したのが『八犬伝』で、常磐津の富山の段を、馬琴の名文を多く取入れて、別に又新らしく書けといふので有つた。
 今のやうに現代語に直すといふ智慧も勇気も出ず、いくら新らしく書いても、馬琴の名文は動かしやうが無いので有つたが、扨て脚本が出来上つて見ると、伏姫の小波は納まつたが(大助は自分)犬の八ツ房に成る思案が納まらない。人を馬鹿にしてゐる。俺を犬にするとは怪しからん。好し、それなら俺の方にも考へがある。犬を飽くまで写実で行つて、伏姫の膝に鼻面を擦りつけたり、チン/\もすれば、お預けもする、といふ大変物騒な事に成つて来た。
 一方には又、石橋の八ツ房も好いが、あんな大きな頭の犬が。[#「犬が。」はママ]何国に有るといふ異論も出て、到頭『八犬伝』はお蔵と成つた。
 それで別に自分の新作史劇『増補太平記』大塔宮十津川落に片岡八郎討死といふのを、一番目として新作。二番目としては、広津柳浪の立案で『積怨恨切子燈籠』といふのを、自分が四幕に書き卸した。これは九州の豪族蒲地左衛門を、龍造寺山城守が、能興行に呼んで殺害する。その遺子宗虎丸が親の敵を討つといふ筋。大切は『花競八才子』五人男に三人多いのが、銘々自作のツラネで文学上の気焔を吐かうといふ趣向。
 紅葉が万事の総頭取で、なるべく、金の掛らないやうにしやう、鬘を全部借りると高いから、端役は間に合はせに大森鬘を買ひ込む事にしやうと、紅葉自身がワザ/\買ひ出しに行つた処が、例の凝り性と来てゐるので、気に入つたのが見当らなかつた。それで大森山谷の製造元まで行つて、十数種の鬘(張りボテに棕梠の皮を染めて、髪と見せたもの)を註文して、帰つて来て、今度は自分に向つて、金は払つてあるから、取りに行つてくれといふので有つた。
 それが二十二年の年末で、自分は杉浦先生の塾にゐて、原稿は書いても売れるアテの無かつた時代で、窮乏も甚だしい間であり、甚だ迷惑はしたけれど、已むを得ず旧地の新橋駅から、汽車で大森に行き、そこから二人乗の俥を傭つて、山谷まで出掛け、鬘製造元を訪ねた処が『何か、入れ物を持つて来ましたか』といふ。『イヤ、何んにも』と答へたので、『それ…

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