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おいてけ堀
おいてけぼり
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」 春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-09-25 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 本所のお竹蔵から東四つ目通、今の被服廠跡の納骨堂のあるあたりに大きな池があって、それが本所の七不思議の一つの「おいてけ堀」であった。其の池には鮒や鯰がたくさんいたので、釣りに往く者があるが、一日釣ってさて帰ろうとすると、何処からか、おいてけ、おいてけと云う声がするので、気の弱い者は、釣っている魚を魚籃から出して逃げて来るが、気の強い者は、風か何かのぐあいでそんな音がするだろう位に思って、平気で帰ろうとすると、三つ目小僧が出たり一つ目小僧が出たり、時とすると轆轤首、時とすると一本足の唐傘のお化が出て路を塞ぐので、気の強い者も、それには顫えあがって、魚は元より魚籃も釣竿もほうり出して逃げて来ると云われていた。
 金太と云う釣好の壮佼があった。金太はおいてけ堀に鮒が多いと聞いたので釣りに往った。両国橋を渡ったところで、知りあいの老人に逢った。
「おや、金公か、釣に往くのか、何処だ」
「お竹蔵の池さ、今年は鮒が多いと云うじゃねえか」
「彼処は、鮒でも、鯰でも、たんといるだろうが、いけねえぜ、彼処には、怪物がいるぜ」
 金太もおいてけ堀の怪い話は聞いていた。
「いたら、ついでに、それも釣ってくるさ。今時、唐傘のお化でも釣りゃ、良い金になるぜ」
「金になるよりゃ、頭からしゃぶられたら、どうするのだ。往くなら、他へ往きなよ、あんな縁儀でもねえ処へ往くものじゃねえよ」
「なに、大丈夫ってことよ、おいらにゃ、神田明神がついてるのだ」
「それじゃ、まあ、往ってきな。其のかわり、暗くなるまでいちゃいけねえぜ」
「魚が釣れるなら、今晩は月があるよ」
「ほんとだよ、年よりの云うことはきくものだぜ」
「ああ、それじゃ、気をつけて往ってくる」
 金太は笑い笑い老人に別れて池へ往った。池の周囲には出たばかりの蘆の葉が午の微風にそよいでいた。金太は最初のうちこそお妖怪のことを頭においていたが、鮒が後から後からと釣れるので、もう他の事は忘れてしまって一所懸命になって釣った。そして、近くの寺から響いて来る鐘に気が注いて顔をあげた。十日比の月魄が池の西側の蘆の葉の上にあった。
 金太はそこで三本やっていた釣竿をあげて、糸を巻つけ、それから水の中へ浸けてあった魚籃をあげた。魚籃には一貫匁あまりの魚がいた。
「重いや」
 金太は一方の手に釣竿を持ち、一方の手に魚籃を持った。と、何処からか人声のようなものが聞えて来た。
「おい、てけ、おい、てけ」
 金太はやろうとした足をとめた。
「おい、てけ、おい、てけ」
 金太は忽ち、嘲の色を浮べた。
「なに云ってやがるんだ、ふざけやがるな、糞でも啖えだ」
 金太はさっさとあるいた。と、また、おい、てけの声が聞えて来た。
「まだ云ってやがる、なに云ってやがるのだ、こんな旨い鮒をおいてってたまるものけい、ふざけやがるな。狸か、狐か、口惜けりゃ、一本足の唐傘にでもなっ…

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