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私の机
わたしのつくえ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「岡本綺堂随筆集」 岩波文庫、岩波書店
2007(平成19)年10月16日
初出「婦人公論」1925(大正14)年9月
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-12-18 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ある雑誌社から「あなたの机は」という問合せが来たので、こんな返事をかいて送る。
 天神机――今はあと方もなくなってしまいましたが、私が子供の時代には、まだそれが一般に行われていて、手習をする子は皆それに向ったものです。わたしもその一人でした。今でも寺子屋の芝居をみると、何だか昔がなつかしいように思われます。
 これも今はあまり流行らないようですが、以前は普通に用いる机は桐材が一番よいということになっていました。木肌が柔かなので、倚りかかる場合その他にも手あたりが柔かでよいというのでした。その代りに疵が附き易い。文鎮を落してもすぐに疵が附くというわけですから、少し不注意に取扱うと疵だらけになる。それが桐材の欠点で、自然に廃れて来たのでしょう。それから一貫張りの机が一時は流行しました。これも柔かでよいのと、軽くてよいのと、値段が割合に高くないのとで、一時は非常に持囃されましたが、何分にも紙を貼ったものであるから傷み易い。水などを零すと、すぐにぶくぶくと膨れる。そんな欠点があるので、これもやがて廃れました。それでもまだ小机やチャブ台用としては幾分か残っているようです。
 わたしは十五のときに一円五十銭で買った桐の机を多年使用していました。下宿屋を二、三度持ちあるいたり、三、四度も転居したりしたので、殆ど完膚なしというほどに疵だらけになっていましたが、それが使い馴れていて工合がよいので、ついそのままに使いつづけていました。しかし十五の時に買った机ですから少し小さいのが何分不便で、大きな本など拡げる場合には、机の上を一々片付けてかからなければならない。とうとう我慢が出来なくなって、大正十二年の春、近所の家具屋に註文して大きい机を作らせました。木材はなんでもよいといったら、センで作って来たので、非常に重い上に実用専一のすこぶる殺風景なものが出来あがりました。その代り、机の上が俄に広くなったので、仕事をする時に参考書などを幾冊も拡げて置くには便利になった。
 さりとて、三十七、八年も親んでいた古机を古道具屋の手にわたすにも忍びないので、そのまま戸棚の奥に押込んでおくと、その年の九月が例の震災で、新旧の机とも灰となってしまいました。新の方に未練はなかったが、旧の方は久しい友達で、若いときからその机の上で色々のものを書いた思い出――誰でもそうであろうが、取分け我々のような者は机というものに対して色々の思い出が多いので、それが灰になってしまったということはかなりに私のこころを寂しくさせました。
 震災の後、目白の額田六福の家に立退いているあいだは、その小机を借りて使っていましたが、十月になって麻布へ移転する時、何を措いても机はすぐに入用であるので、高田の四つ家町へ行って家具屋をあさり歩きました。勿論その当時のことであるから択り好みはいっていられない。なんでも机の形をしていれば…

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