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叔父と甥と
おじとおいと
副題――甲字楼日記の一節――
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「岡本綺堂随筆集」 岩波文庫、岩波書店
2007(平成19)年10月16日
初出「木太刀」1920(大正9)年12月号
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-12-26 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 大正九年十月九日、甥の石丸英一逝く。この夜はあたかも嫩会の若き人々わが家にあつまりて劇談会を催す例会の夕なりしかば、通知するまでもなく皆々来りあつまる。近親の人々もあつまりて回向す。英一は画家として世に立つべき志あり。ことしの春に中学を卒えたれば、あくる年の春には美術学校の入学試験をうけんといい、その準備のために川端画学校に通いいたるに、かりそめの感冒が大いなる禍の根を作りて、夏の盛りを三月あまりも病み臥して、秋闌ならんとする頃に遂に空しくなりぬ。今更ならねど、若き者の世を去るは一入悲しきが常なり。殊に姉の児とはいいながら、七歳の頃よりわが手許にありたるものが、今やたちまちに消えてゆく。取残されたる叔父の悲み、なかなかにいい尽すべくもあらず。小林蹴月君も訃音におどろかされて駈け付け、左の短尺を霊前に供えられる。
今頃は三途の秋のスケッチか  蹴月
書きさしの墨絵の月やきり/″\す   同
露ほろり茶の花ほろり零れけり   同
 われも香の烟に咽びつつ、おなじく短尺の筆を取る。手はおののきて筆の運びも自在ならず。
寂しさは絵にもかかれず暮の秋
あきらめは紋切形の露の世や
絵を見れば絵も薄墨や秋の花
 十二日、青山墓地にて埋葬のこと終る。この日は陰りて雨を催せり。
青山や花に樒に露時雨
 十五日は初七日、原田春鈴君来りて、その庭に熟したりという枝柿を霊前に供えらる。
まざ/\と柿食うてゐる姿かな
 この日、額田六福の郷里よりも霊前にとて松茸一籠を送り来る。
初七日や松茸飯に豆腐汁
 家内の者ども打連れて青山へ墓参にゆく。この夕、眠られず。
こほろぎや人になかせて夜もすがら
憎い奴め叔父を案山子に残せしよ
 十六日、午後より青山へ墓参にゆく。うららかに晴れたる日なり。英一の墓前には大村嘉代子が美しき草花を供えてあり。その花の香を慕いて、弱れる蝶一つたよたよと飛ぶ。
なくは我なかぬおのれや秋の蝶
 十八日、英一の机本箱を整理す。書きさしの下絵などを見出すにつけて、また新しき涙を誘わる。形見としてその二つ三つを取納め、余は引き裂きて庭に持ち出で、涙の種をことごとく烟とす。
かき寄せて焚くや紅絵の散紅葉
 十九日、庭の立木に蝉の止まりて動かぬを見る。試みに手を触るればからからと音して地に墜ちたり。かれは已に殻ばかりとなりけるよと思うにつけて、英一の死のまた今更に悲しまる。
地に墜ちて殻ばかりなり秋の蝉
 二十四日、嫩会の人々打ちつれて青山へまいる。きょうも晴れたれど朝寒し。
八人の額に秋の寒さかな
 その帰途、人々と共に代々木の練兵場をゆきぬけて、浄水所の堤に出づ。ここらは英一が生前しばしば来りてスケッチなどしたる所なり。その踏み荒したる靴の跡はそこかここかと尋ぬるも甲斐なし。堤の秋草さびしく戦ぎて、上水白く流れゆく。
足あとを何処にたづねん草紅葉
逝くものを堰き止め…

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