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一日一筆
いちにちいっぴつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「岡本綺堂随筆集」 岩波文庫、岩波書店
2007(平成19)年10月16日
初出「木太刀」1911(明治44)年12月、1912(明治45)年1月号
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-12-26 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一 五分間

 用があって兜町の紅葉屋へ行く。株式仲買店である。午前十時頃、店は掻き廻されるような騒ぎで、そこらに群がる男女の店員は一分間も静坐してはいられない。電話は間断なしにチリンチリンいうと、女は眼を嶮しくして耳を傾ける。電報が投げ込まれると、男は飛びかかって封を切る。洋服姿の男がふらりと入って来て「郵船は……」と訊くと、店員は指三本と五本を出して見せる。男は「八五だね」とうなずいてまた飄然と出てゆく。詰襟の洋服を着た小僧が、汗を拭きながら自転車を飛ばして来る。上布の帷子に兵子帯という若い男が入って来て、「例のは九円には売れまいか」というと、店員は「どうしてどうして」と頭を掉って、指を三本出す。男は「八なら此方で買わあ、一万でも二万でも……」と笑いながら出て行く。電話の鈴は相変らず鳴っている。表を見ると、和服や洋服、老人やハイカラや小僧が、いわゆる「足も空」という形で、残暑の烈しい朝の町を駈け廻っている。
 私は椅子に腰をかけて、ただ茫然と眺めている中に、満洲従軍当時のありさまをふと思い泛んだ。戦場の混雑は勿論これ以上である。が、その混雑の間にも軍隊には一定の規律がある。人は総て死を期している。随って混雑極まる乱軍の中にも、一種冷静の気を見出すことが能る。しかもここの町に奔走している人には、一定の規律がない、各個人の自由行動である。人は総て死を期していない、寧ろ生きんがために焦っているのである。随って動揺また動揺、何ら冷静の気を見出すことは能ない。
 株式市場内外の混雑を評して、火事場のようだとはいい得るかも知れない。軍のような騒ぎという評は当らない。ここの動揺は確に戦場以上であろうと思う。

     二 ヘボン先生

 今朝の新聞を見ると、ヘボン先生は二十一日の朝、米国のイーストオレンジに於て長逝せられたとある。ヘボン先生といえば、何人もすぐに名優田之助の足を聯想し、岸田の精[#挿絵]水を聯想し、和英字書を聯想するが、私もこの字書に就ては一種の思い出がある。
 私が十五歳で、築地の府立中学校に通っている頃、銀座の旧日報社の北隣――今は額縁屋になっている――にめざましと呼ぶ小さい汁粉屋があって、またその隣に間口二間ぐらいの床店同様の古本店があった。その店頭の雑書の中に積まれていたのは、例のヘボン先生の和英字書であった。
 今日ではこれ以上の和英字書も数種刊行されているが、その当時の我々は先ずヘボン先生の著作に縋るより他はない。私は学校の帰途、その店頭に立って「ああ、欲いなあ」とは思ったが、価を訊くと二円五十銭也。無論、わたしの懐中にはない。しかも私は書物を買うことが好で、「お前は役にも立たぬ書物を無闇に買うので困る」と、毎々両親から叱られている矢先である。この際、五十銭か六十銭ならば知らず、二円五十銭の書物を買って下さいなどといい出しても、…

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