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最後の大杉
さいごのおおすぎ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新編 思い出す人々」 岩波文庫、岩波書店
1994(平成6)年2月16日
初出「読売新聞」1923(大正12)年10月2日~6日、8日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-08-06 / 2014-09-16
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 大杉とは親友という関係じゃない。が、最後の一と月を同じ番地で暮したのは何かの因縁であろう。大杉が初めて来たのは赤旗事件の監房生活から出獄して間もなくだった。淀橋へ移転してから家が近くなったので頻繁に来た。思想上の話もしたし、社会主義の話もしたが、肝胆相照らしたというわけでもないから多くは文壇や世間の噂ばなしだった。
 大杉は興味がかなり広くて話題にも富んでいた。近年ファーブルのものを頻りに飜訳していたが、この種の文学的乃至学術的興味を早くから持っていて、主義者肌よりはむしろ文人肌であった。小説も好きなら芝居も好き、性的研究などにも興味を持って、性的研究に率先した小倉清三郎の「相対」の会などにも毎次出席して、能く「相対」の会の噂をした。
 百人町を移転してから家が遠くなったので自然足が遠のいた。如之ならず、神近や野枝さんとの自由恋愛を大杉自身の口から早く聞かされたが、常から放縦な恋愛を顰蹙する自分は大杉のかなりに打明けた正直な告白に苦虫を潰さないまでも余り同感しなかったのを気拙く思ったと見えて、家が遠くなると同時に足が遠のいてしまった。日蔭の茶屋の事件があった時、早速見舞の手紙を送ると直ぐ自筆の返事を遣したが、事件が落着してもそれぎり会わなかった。それから程経って野枝さんと二人で銀座をブラブラしている処へ偶然邂逅し、十五分ばかり立話しをした事があったが、それ以来最近の数年間はただ新聞で噂を聞くだけであった。
 大杉が仏蘭西から追返され、神戸へ帰着して出迎えの家族と一緒に一等寝台車で東上した記事が写真入りで新聞を賑わしてから間もなくだった。或る朝突然大杉さんがいらしったと家人が取次いだ。大杉何という人だと訊くと、大杉栄さんで皆さん御一緒ですといった。近頃何年にも顔を見せた事がない大杉が、シカモ家族を伴れて来るというは余り思掛けなかったが、左も右く二階へ通せと半信半疑でいうと、やがてトントン楷段を上って来たのは白地の浴衣の紛れもない大杉であった。数年前の大杉と少しも違わない大杉であった。その踵から児供を抱いて大きなお腹の野枝さんと新聞の写真でお馴染の魔子ちゃんがついて来た。
 野枝さんとは数年前に銀座で邂逅った時に大杉が紹介してくれた。が、十分か十五分の立話中、大杉から遠く離れていたからこの日が初対面同様であった。これが魔子で、これがルイゼで、この外にマダ二人、近日お腹を飛出すのもマダあるといって笑った。以前から見ると面差が穏かになって、取別けて児供に物をいう時は物柔しく、こうして親子夫婦並んだ処は少しも危険人物らしくも革命家らしくもなかった。
「イイお父さんになったネ、」と覚えずいうと、野枝さんと顔を見合わしてアハハハと笑った。



 久しぶりで全家お揃いは珍らしいというと、昨日同番地へ移転して来たといった。ツイそこの酒屋の裏だというから段々訊くと、…

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