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皇海山紀行
すかいさんきこう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「山の旅 明治・大正篇」 岩波文庫、岩波書店
2003(平成15)年9月17日
初出「山岳 一六の三」1923(大正12)年5月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-03-13 / 2014-09-21
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 降りがちな天候は、十一月に入ってもからりと晴れた日は続かなかった。ことに土曜から日曜へかけてはよく降った。この意地悪い雨のために出鼻をくじかれて、出発はもう予定より三週間も遅れてしまった。これがもし紅葉見物を兼ねての旅であったならば、目的の一半は既に失われた訳であるが、皇海山に登ることが主眼であったから、秋の旅とはいえ、紅葉の方はどうでもよかったのである。ただ余り寒くなって山に雪が来ては困ると思った。
 皇海山とは一体何処にある山か、名を聞くのも初めてであるという人が恐らく多いであろう。それもそのはずである。この山などは今更日本アルプスでもあるまいという旋毛まがりの連中が、二千米を超えた面白そうな山はないかと、蚤取眼で地図の上を物色して、此処にも一つあったと漸く探し出されるほど、顕著でない山なのである。自分も陸地測量部の男体山図幅が出版されて、始めて「皇海山、二千百四十三米五」ということを知った。そしてその附近には二千米を超えた山がないのを見て、これは面白そうだと喜んだ。勿論かく喜んだのは自分一人ではなかったであろうと想われる。
 しかし実際展望したところでは、この山はかなり顕著なものである。その当時他の方面は知らなかったが、南から眺めると、上州方面で根利山と総称している袈裟丸山の連脈の奥に、左端のやや低い凹頭を突兀と擡げているので、雪の多い季節には場所によっては、時として奥白根と間違えられることさえあった。東京市内の高い建物や近郊の高台から、この山が望まれることはいうまでもない。もっともそれが何山であるかは知るを得なかったが、五万分の一の地形図が刊行されて、皇海山に相当することが判然したのである。
 しかし古い図書には皇海山の名は記載してない。正保図には利根勢多二郡及下野との境に「さく山」と記入してある。貞享元年九月二十九日の序ある古市剛の『前橋風土記』には、山川部の根利諸山の項に、
 座句山 栂原山也気乃曾里縁魔乃土也以二山巓一為レ界、自二峰巓一以南都属二干根利一。
 砺砥沢 在二座句沢南山谷之中一、多二砺砥一。
 座句沢 在二砺砥沢北一而隔レ山沢水西流合二片品川一。
安永三年八月十九日の自序ある毛呂義郷の『上野国志』には、利根郡の山川の部に、
さく山。なでこや山の南下野界にあり。下野にて定顕房山という。山の南は勢多郡に属す。
と書いてある。座句山の項の栂原山以下は、ヤケノソリ、エンマノトヤと読むのであろう。つまり座句山、栂原山、ヤケノソリ、エンマノトヤ等の諸山は、一連の山脈をなし、その山頂が界で、以南はすべて根利に属すというのである。皇海山から西に派出した支脈に延間峠というのが通じている。エンマノトヤはこの附近の名であろうと思う。以上の記事から推して座句山の位置はよく分る。即ち利根勢多二郡の界でしかも下野との国境上にあるのである。今こそ根利村は赤城根…

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