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旅の旅の旅
たびのたびのたび
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「山の旅 明治・大正篇」 岩波文庫、岩波書店
2003(平成15)年9月17日
初出「日本」1892(明治25)年10月31日から四回
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-03-16 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 汽笛一声京城を後にして五十三亭一日に見尽すとも水村山郭の絶風光は雲煙過眼よりも脆く写真屋の看板に名所古跡を見るよりもなおはかなく一瞥の後また跡かたを留めず。誰かはこれを指して旅という。かかる旅は夢と異なるなきなり。出ずるに車あり食うに肉あり。手を敲けば盃酒忽焉として前に出で財布を敲けば美人嫣然として後に現る。誰かはこれを指して客舎という。かかる客舎は公共の別荘めきていとうるさし。幾里の登り阪を草鞋のあら緒にくわれて見知らぬ順礼の介抱に他生の縁を感じ馬子に叱られ駕籠舁に嘲られながらぶらりぶらりと急がぬ旅路に白雲を踏み草花を摘む。実にやもののあわれはこれよりぞ知るべき。はた十銭のはたごに六部道者と合い宿の寝言は熟眠を驚かし、小石に似たる飯、馬の尿に似たる渋茶にひもじ腹をこやして一枚の木の葉蒲団に終夜の寒さを忍ぶ。いずれか風流の極意ならざる。われ浮世の旅の首途してよりここに二十五年、南海の故郷をさまよい出でしよりここに十年、東都の仮住居を見すてしよりここに十日、身は今旅の旅に在りながら風雲の念いなお已み難く頻りに道祖神にさわがされて霖雨の晴間をうかがい草鞋よ脚半よと身をつくろいつつ一個の袱包を浮世のかたみに担うて飄然と大磯の客舎を出でたる後は天下は股の下杖一本が命なり。
   旅の旅その又旅の秋の風
 国府津小田原は一生懸命にかけぬけてはや箱根路へかかれば何となく行脚の心の中うれしく秋の短き日は全く暮れながら谷川の音、耳を洗うて煙霧模糊の間に白露光あり。
   白露の中にほつかり夜の山
 湯元に辿り着けば一人のおのこ袖をひかえていざ給え善き宿まいらせんという。引かるるままに行けばいとむさくろしき家なり。前日来の病もまだ全くは癒えぬにこの旅亭に一夜の寒気を受けんこと気遣わしくやや落胆したるがままよこれこそ風流のまじめ行脚の真面目なれ。
   だまされてわるい宿とる夜寒かな
 つぐの日まだき起き出でつ。板屋根の上の滴るばかりに沾いたるは昨夜の雲のやどりにやあらん。よもすがら雨と聞きしも筧の音、谷川の響なりしものをとはや山深き心地ぞすなる。
 きょうは一天晴れ渡りて滝の水朝日にきらつくに鶺鴒の小岩づたいに飛ありくは逃ぐるにやあらん。はたこなたへとしるべするにやあらんと草鞋のはこび自ら軽らかに箱根街道のぼり行けば鵯の声左右にかしましく
   我なりを見かけて鵯の鳴くらしき
   色鳥の声をそろへて渡るげな
   秋の雲滝をはなれて山の上
 病みつかれたる身の一足のぼりては一息ほっとつき一坂のぼりては巌端に尻をやすむ。駕籠舁の頻りに駕籠をすすむるを耳にもかけず「山路の菊野菊ともまた違ひけり」と吟じつつ行けば
   どつさりと山駕籠おろす野菊かな
   石原に痩せて倒るゝ野菊かな
などおのずから口に浮みてはや二子山鼻先に近し。谷に臨めるかたばかりの茶屋に腰掛くれば秋に枯れた…

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