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尾瀬沼の四季
おぜぬまのしき
作品ID49591
著者平野 長蔵
文字遣い新字新仮名
底本 「山の旅 大正・昭和篇」 岩波文庫、岩波書店
2003(平成15)年11月14日
初出「山岳 第一九年第一号」1925(大正14)年5月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-07-26 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 尾瀬沼は海抜五千四百九拾尺、福島県と群馬県とにわたり、東は栃木県に峰を連ね、北西は新潟県及利根水源に接している。今日もなお三十年前と同じく少しも俗化せず、真に自然の仙境である。
 冬季は降雪甚しく、眼前咫尺を弁せず、日光を見ざること五日以上に至ることも珍しからず、従って寒気甚しく、寒暖計は水銀柱が萎縮して下部のガラス球の中にその姿を没してしまうという有様である。針葉樹にありては積雪二尺以上に及び、枝も幹も見えず、闊葉樹でも樹枝に一尺からの雪が積る。一度烈風が襲来すると、雪は吹き捲られて煙の如く渦を巻いて昇騰し、面を向くべき方もなく、ただその猛威に慴伏するばかりである。それが晴天の日となれば、連山の針葉樹を包む白雪は日光に輝いて、美観壮観譬うるに言葉もない。それこそ実に都人士に見せたいものであるが、一人として登山する者のないのは遺憾である。学生が冬の中にスキー登山を試みんとして問合す向きもあれど実行した様子もない。真に剛健質実の気象を養成し、自然の霊気を感得せんと欲する人は途中救助小屋の建設と防寒具の用意もあれば、準備に注意し、何日帰京などと期日は定めずして登山してもらいたい、万一天候険悪の時には数日滞在することもあるにより、家族の人に不安の念を起さしめざるように注意するを肝要とする。
 春の尾瀬沼は、朝日の光に雪は赤金光色と輝き、深山の雪もしめりがちとなり気温三拾度に昇れば雨の模様となり、白霧数里、針葉樹闊葉樹白樺に樹氷を結びし景色は、白銀の花というてよかろうか、山人らの如き自然の愛好者は、針葉樹及闊葉樹の梢の少部分が直立し、一円に霧の流れる朝の模様は、何と命名したならば適当であろうか。狂気の如く一家族を雪庭に呼集め、その偉観壮大を絶叫するの日が往々にある。雪すべり雪のかけ足等何といおうか。霞棚びきうららかに、小鳥が鳴く、ふくろも鳴く。我を忘れて駆り出す雪舟に乗り、何れの山に登るにも氷雪にて自由自在、さながら天国の遊戯ともいい得べく、春の一里は夏の二里より歩行にやすし。鶯の声を聞くときの如きは、深山の春の快感を誰にも味わせたきものであると思わぬことはない。三月になれば途中雪なだれの恐はない。
 五月下旬より草花時季となる。大江川端、尾瀬沼の周囲、水バショウの白花満地となる、雪国は雪色の花より咲き初めるの感じがする。綿スゲ雪を突抜いて咲く。黄色花、紫花、赤花、一々草花の名称は略す。尾瀬沼より沼山峠下まで延長拾五丁、甘草の花と化し、その内セキショウ、アヤメの満開は、山人の如き拙き筆にては書き尽すことはならぬ。
 尾瀬沼の落口燧岳の麓は、自然の公園、山人の植物保護拝借地である。キンコウカ、モウセンゴケ、エゾセキショウ、サハラン等、他は略す。
 植物保護に付一言す。
 愛山者は自然の植物動物奇岩昆虫等一切を愛護し、枯樹一本でも取り捨ててはならぬ、枯樹の配合は自然美…

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