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一ノ倉沢正面の登攀
いちのくらさわしょうめんのとうはん
作品ID49592
著者小川 登喜男
文字遣い新字新仮名
底本 「山の旅 大正・昭和篇」 岩波文庫、岩波書店
2003(平成15)年11月14日
初出「山岳 二六の三」1931(昭和6)年12月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-08-04 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一行 小川、田名部、高木(力)
一九三〇年七月十七日(曇・午後夕立)
一ノ倉沢出合(六、〇〇)―雪渓下部(七、〇五)―雪渓の裂け目(七、三五)―雪渓上部(八、二五)―一枚岩の岩場中の台地(九、二〇―九、四〇)―水のあるリンネ上の台地(一、〇〇―一、二〇)―尾根上の岩塊下(三、〇〇)―同岩塊のチムニー上の広い台地(三、三〇)―国境線の尾根(六、五〇)―南ノ耳露営(七、四五)翌朝西黒沢の道を下る。

 暑い日中を重いルックザックに汗を絞られつつ、谷川温泉の方から湯檜曾を通って、やっと一ノ倉沢に着いたのは四時頃であった。岩場の様子についてまったく知る所のなかった私たちは、その豪壮な岩壁を見ると直ぐに、道から近くの所へ天幕を張った。谷川木谷の俎[#挿絵]で、大した岩も味えずに失望した自分たちは、この沢の鬱林の上に立ちめぐらされた岩の、陰惨な相貌を望むに及んで、新しい岩への熱情と、登攀への高揚せる意志とを吹き込まれた。そして夕闇が全く岩壁を飲込んでしまうまで、暗い壁を幾度も眺め返しつつ、快い空想に耽りながら、いそいそと準備を整え寝に就いたのだった。
 その夜は思いがけない蚊の襲撃に悩まされ、破れがちな微睡の中に明けた。空はどんより曇っており、霧は昨日よりも低く岩壁の上に垂れ下がっていたものの、ともかく岩の様子を調べようと思い、飯を済ませると直ぐ天幕を出た。
 沢石伝いに約三十分ほど行くと、右から小さい沢が落合い、そこから狭い岩床となる。その所を右岸の人の踏んだ跡を通って過ぎると、沢は再び石が累積し幾分広くなって、右岸から急な沢(一ノ沢)が落込んでいる。そしてそのすぐ上手において、既に雪渓の下端にぶっつかった。夏でも雪があるという事はかつて成瀬岩雄氏から聞いてはいたが、高々六、七百メートルのこの辺にこのような大残雪を見出した事は意外であったし、また嬉しくもあった。
 雪渓の下端は洞窟のように融け込み、大きな口を開いてのしかかっているので、いずれかの岩壁を搦んで、すこし上から降りなければならない。両岸はともに草の混った急傾斜である。自分たちは右を登り、念のためロープを付けて雪渓へと下った。冷い朝の微風は心地よく頬をなぶる。時々前面の岩壁を見上げながら、堅雪の上をポツポツ登って行くと、やがて衝立岩の真下辺りで、二ノ沢の落込む少し上で、雪渓はくびれたようになって幅一米半ほどの裂罅が雪渓を上下に切り裂いている。
 自分たちは、是非奥の壁に近づいて見たいと思っていたので、うまく飛越せはしまいかと狭まそうな所を捜して裂罅の縁を歩いて見たが、向こう側がやや高いし、蒼白く裂け込んでいる深いその中を覗くと、余りいい気持がしないので暫くためらっていた。しかし自分が右手の一枚岩の岩場を下から大きくまいて上へ出るルートを考えていると、田名部が「ブロックを作ってロープで降りようじゃないか」と提議…

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