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雪の武石峠
ゆきのたけしとうげ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「山の旅 大正・昭和篇」 岩波文庫、岩波書店
2003(平成15)年11月14日
初出「山岳 十の一」1915(大正4)年9月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-08-03 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    信濃町から

 一時間たつかたたぬに、もう大晦日という冬の夜ふけの停車場、金剛杖に草鞋ばきの私たちを、登山客よと認めて、学生生活をすましたばかりの青年紳士が、M君に何かと話しかける。「はじめて武石峠へゆくのです」とのM君の答に、青年紳士は、自分の経験からいろいろ注意をして下された。「武石峠は今零度ほどの寒さでしょう。松本で真綿を買って、頸に捲いておいでなさい。懐炉をもってお出でなさい。腰と足とを冷さねば大丈夫です。金剛杖はよい物をもってお出でなされた。あぶない時には、それをナイフで削って、白樺の皮をむいて火をおつけなさい、きっと焚火がもえつきます、下手をやるとあの辺でも死にますからな。猿などが出ていたずらをしますから、新聞紙を沢山もっていってマッチでそれを燃しておふりなさい。あいつはあの臭をいやがりますからな。」
 気のいいM君は、「死にますからな」が、気になったらしい。紳士に別れてからも、それをきいていた。「危い」それは東京にいたってだ。天の下のいずちに、人を流さぬ川があろうぞ。またいずちに人を呑まぬ地があろうぞ。M君よりは、はるかに要慎深い扮装ながら、私はいつもの心で答えた。

    甲斐の山々

 小仏こえて、はや私たちは雪の国にはいっていた。闇にもしるき白雪の上に、光が時に投げられる。ぎっしり詰った三等車に眠られぬまま、スチームに曇るガラス窓から、見えぬ外の面を窺ったり、乗合と一、二の言を交しなどする。青島がえりの砲兵たち、甲斐出身の予後備らしきが、意気あがっての手柄話、英兵の弱さったらお話にならないまで、声高に談るに、私もすこしくうけ答えした。
 甲府を過ぎて、わが来し方の東の空うすく禿げゆき、薄靄、紫に、紅にただようかたえに、富士はおぐらく、柔かく浮いていた。高き金峰山は定かならねど、茅が岳、金が岳一帯の近山は、釜無川の低地をまえに、仙女いますらん島にも似たる姿、薄紫の色、わが夢の色。ゆくてに高きは、曾遊の八ヶ岳――その赤岳、横岳、硫黄岳以下、銀甲つけて、そそり立つ。空は次第に晴れて山々も鮮かに現れる。左の窓からは、地蔵、鳳凰、駒の三山、あれよ、これよと、M君がさす。ああ駒か。そのいかつい肩は、旭日をうけて、矢のような光を放つ。銀、そういう底ぐもった色でない。白金の線もて編んだあのよろい、あの光、あの目を射る光の中に、私は包まれたいのだ。
かの光、われをさゝん日ほゝゑみて見ざりし国にうつりゆかまし
 眼ざといM君がさす方に、深い雪の山、甲斐の白峰――北岳だそうだ。この国しらす峻嶺は、厳として群山の後にそびえているのだ。
 車室のうちは大部すいた。私たちは寛いでこの大景に接していた。八ヶ岳をあとにして、諏訪湖に添いゆくころから、空はどんよりとして来た。白いものがちらちら落ちそめた。きけば隔日ぐらいに降るとの事、すこし気が沈む。天竜川の川べ…

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