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弟を葬る
おとうとをほうむる
作品ID49604
著者徳富 蘇峰
文字遣い新字旧仮名
底本 「弟 徳冨蘆花」 中央公論社
1997(平成9)年10月7日
入力者川山隆
校正者Juki
公開 / 更新2015-03-01 / 2015-02-17
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 皆様、兄が弟を葬ると云ふ事は極めて不自然な事であります。又た其葬る場所に於て、兄が弟に就てお話をすると云ふ事も、恐らくは不自然の事であらうと思ひます。併し私が茲に一言申しますことは、単に御座なり義理一片の弔辞ではないのであります。茲に立ちまして、弟の遺骸の前に立ちまして、併せて皆様の前に立ちまして、一言申しますることは、是は弟の志であらうと思ひます。
 弟は死する時に、私の手を執りまして、後の事はよろしく頼むと申しました。其のよろしく頼むといふことの中には、少なくとも今日此の場合に私が一言をすると云ふ事も、加はつて居たであらうと信ずるのであります。
       ×     ×     ×
 弟の文学上に於ける位地は、天下の公論がありまして、私が茲に彼れ是れ申す必要は無いと思ひます。併しながら其の得たる所の位地は、私共の父が与へたのでもなく、兄たる私が与へたものでもなく、是は弟の独自一己の力を以て開拓したる所の位地であります。さうして是までにやり上げたと云ふことは、私の父も、私も、全く意想外の事であつたのであります。この一事だけは私は皆様に告白し、併せて私の亡き父の申す分迄告白して置きたいと思ふのであります。
       ×     ×     ×
 弟の著作は先程略歴に述べてある通りであります。其外にもまだ沢山あります。例へば『コブデン』、『ブライト』、『グラツドストーン』、『ゴルトン将軍』などと云ふ様な本もあります。其他色々の飜訳もあります。併しながら弟の人物、弟の性格と云ふ様なことは、弟の作りました、若しくは書きました所の多くの文字を透して御覧になつたのみでは十分でないと思ふのであります。此の場合に於て私は其辺の事も一言申上げて置く必要を感じます。
       ×     ×     ×
 世上では兄弟不和などと云ふ様な話がありましたが、それはさうではないのでございます。全くそれは間違つて居る事なのです。不和と云ふ事は両方からの時に初めて云ふ事であります。弟は私に対し感心しないこともありましたらうし、不平もありましたらうし、或は近づき、或は遠ざかつた事もあるのでありますが、斯く申しまする私は私が人心付いてから今日に至るまで、弟に対する感じと云ふものは毛頭変りませぬ。其の力量、其の手腕、其の文才、其の貢献と云ふ様な事に就きましては、時と共に評価が変つて参りますけれども、弟に対する友愛の情と云ふ点に対しましては、私は神の前に誓つて申しまするが、不和などと云ふ事は絶対に無かつたのであります。私は種々の事を沢山書きましたけれども、是まで私の書いた著作の中に、弟の悪口などと云ふ様な事は、一言半句も書いた覚へは無いのであります。若しあつたと云ふ事であれば、あなた方の中から証拠を御突き付け下さつても差支ないのであります。斯の如き訳でありまして、私及び私の両親は…

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