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畑の祭
はたけのまつり
作品ID49618
著者北原 白秋
文字遣い新字旧仮名
底本 「白秋全集 3」 岩波書店
1985(昭和60)年5月7日
入力者飛鷹美緒
校正者岡村和彦
公開 / 更新2012-12-23 / 2014-09-16
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]


山景



[#改ページ]

崖の上の麦畠

真赤なお天道さんが上らつしやる。やつこらさと
鍬を下ろすと、ケンケンケンケン……
鶺鴒めが鳴きくさる、
崖の上の麦畠、
天気は快し、草つ原に露がいつぱいだで、
そこいら中ギラギラしてたまんねえ。
九右衛門さん、麦は上作だんべえ、
蚕豆もはぢきれさうだ。

ええら、いい凪だな、沖ぢやまだ眠つてゐるだが、
俺ちの崖の下は真蒼だ、
――そうれ、また、さらさら、ざぶん、ざぶん、んん……
尖んがり岩に波がぶつかる、
怖かねえほど静かぢやねえかよ、
まるで、はあ、鮑の殻見たいにチラチラするだね。

南風が吹きあげる。
やれ、やれ、今日も朝つぱらからむんむんするだぞ。
何でも構うこたねえ、
胸をづんと張りきつてな、うんとかう息を吸ひ込んで見るだ。
熟れ返つた麦の穂がキンラキラして、
うねつたり、凹んだり、
扁平たく押つかぶさると、
阿魔女でも、何でも、はあ、圧つ倒してやつたくなるだあ。

真赤なお天道さんが燃えあがる、
雲がむくむく燥き出す、
狂ひ出すと――吃驚しただが、
畔の仔牛が鳴き出す、
わあといふ声がする、
村中で穀物を扱き出す、
ぢつとして居らんねえ、
俺ちも豆でも[#挿絵]るべえ。

赤ちやけた麦と蚕豆、
ぐんぐん押しわけてゆくてえと、
たまんねえだぞ……素つ裸で、
地面にしつかり足をつける、うんと踏んばろ、――
まん円いお天道さんが六角に尖つて
四方八方真黄色に光り出す。――
そこで、俺ちも小便をする。

赤ちやけた麦と蚕豆、
ほうれ見ろ、旦那さあが
手に一杯何だか拡げて
読んで行かつしやるだ、旦那さあ、
大けえ新聞だね、東京の新聞けえ、
紙がぷんぷん匂ふだ。

おやあ、蝉が鳴いてるだな、
どうしただか、これ、ふんとに奇異だぞ、
熟れ返つた麦ん中で真面目くさつて鳴いてるだ、
あつはつはつ……これ、ふんとに不思議だぞ、
何んでも、はあ、地面にかぢりついて
一生懸命に鳴いてるだ。

夏が来ただな、夏が来ただな、
海から山から夏が来ただな。

あつはつはつはつ……
あつはつはつはつ……

崖の下の蚕豆畑

真赤なお天道さんが沈まつしやる……それだのにまだ、
紅雀が鳴きしきる。
輝く崖の上の麦畠、
くわつと燃え立つ杉の木、松の木、朱欒の木。
うねつた坂から、
刈穂を背負つた大きな火の玉男がをどつてゆく。
やつこらさ、やつこらさ。……

俺ちが畑は窪地の日かげ、
薄暗い三角畑のゆきまつり、
夜が明けても、日が暮れても、陰気な畑。
辣韮と蚕豆と、
ずり落ちた崖土に、無性矢鱈に匍ひ廻つたお薯の蔓、
地がじめ/\、風がじめ/\、
たまさか、真黄色に照り反す
大船の帆は見えても、
海も見えずよ、
憖ひ、波の音ばかりが
ぐわうと空つ腹を掻き廻す、
俺ちの畑は窪地の日かげ。

真赤なお天道さんが沈まつしやる…

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